第81話:五階中枢確認

 中枢のいる部屋は報告通り、天然洞窟のような、いかにも足場の悪そうな空間だった。地面や天井に魔力で輝く水晶があるため明るいが、青白い輝きが室内の不思議な雰囲気にしている。

 そして、部屋に入ってすぐに見えた。中央に鎮座する、巨大な狼が。


「……でかいな。あの大きさでもウルフって呼んでいいのか?」


 五階中枢、クリスタルウルフ。両肩に水晶が生えた巨大な狼の魔物。書類上で見てわかっていたつもりだが、いざ実物を前にすると、ちょっと気後れするくらい大きい。

 結構距離があるのに、その大きさがわかる。あの腕でなぎ払われたら、一撃で体が吹き飛んだりするんじゃないだろうか。


「あたしに言われても困るわよ。命名はそっちの仕事でしょ」

「見たのは二回目ですけど、この距離からでもおっきいですよね」


 おそらくだけど、顔だけで俺の上半身くらいある。中枢は大きくなりがちだけど、これは桁違いだ。


「こうして見てる分には休んでいるのよ。中に入って近づくと目を開けて、威嚇してくる。今のところ、挑んだ冒険者はいない」


 懸命な判断だと思う。パーティーひとつで挑むような相手じゃない。


「先輩、なにかわかりますか?」

「そうだな、中枢よりも、周りの水晶が気になるな。中でなにか光ってるのが……」


 俺が気になったのは周囲に林立する水晶だ。特にクリスタルウルフ周辺のものは大きく、輝きも強い。中に炎のような魔力が宿って脈動しているのが見える。

 なんというか、凄く不吉な感じだ。それに中心に居座るクリスタルウルフ。全く動かないのが気になる。まるで守っているような佇まいだ。


「先輩、水晶の中になにか見えてるんですか?」

「? いや、中で炎みたいな光が脈打ってるだろ?」

「あたし達には見えてないわよ、それ」

「…………」


 これは、『発見者』だけが見えているものだ。つまりは魔力かそれに類するもの。それと、脈動しているのと、まるで守るように存在する中枢。

 嫌な推測が、俺の中で生まれてしまった。


「あれは、卵なんじゃないかと思う」

「卵? じゃあ、あの中枢みたいなのが産まれてくるってことでしょうか? ……あの、リナリーさん、どうしたんですか?」

「…………」


 疑問を口にするイーファとは対照的に、リナリーは深刻な顔つきになっていた。


「通常、中枢の取り巻きは自然発生する。だからわざわざ卵なんてもの必要ないの。大体の場合、卵を持ってる中枢ってのは碌なことにならないわ」

「碌なこと、ですか?」

「最悪、卵が一斉に孵ってダンジョンから溢れるかもしれない」


 かつて、俺の故郷ではそれが起きて、孤児院に行く原因にもなった。ダンジョンの暴走だ。もしかしたら、ここもそうなる可能性がある。


「ど、どうしましょう。なにかできることはっ」


 慌て出したイーファを落ち着かせるため、俺は努めて冷静に話す。


「下手に刺激するとまずい。ここは一度戻って報告しよう。できたら、あの水晶を回収できればいいんだけど」

「それは危険ね。やらないほうがいい」


 リナリーに対して俺は無言で頷いた。何が起きるかわからない、ここは様子見するしかない。


「とにかく、戻って相談だな。あくまで俺の推測に過ぎないんだから、外れているかもしれない」

「そうね。まだ決めるには早いわ」

「い、急いで戻りましょう。コレットさんに報告して、それから資料室に……」

「大丈夫。まだ誰も手出ししてないし、暴走なんてそう簡単に起きるものじゃないよ。それよりも帰りながら手伝って欲しいことがあるんだけど」


 実は中枢の観察と同じ位大事な仕事がまだ残っている。イーファ達には是非それを手伝って欲しかった。


「なんでしょう。私にできることならお任せくださいっ」


 イーファがやる気で助かる。この仕事は彼女が一番頼りになるんだから。


「帰りながら、通り道にある水晶を一緒に回収してくれないか。精霊の矢に使いたいんだ」


 精霊の矢の最大の欠点。それは素材が高く入手が難しいことだ。なので、ここでできるだけ確保しておきたい。


「しっかりしてるわね。あたしも手伝うわ。あれの討伐は、あんたにも手伝ってもらうことになるだろうしね」


 リナリーも思ったより素直に同意してくれたので、帰りの道中は鉱石採取が捗った。中枢に対する懸念事項が生まれたことさえ除けば、良い探索だったと思う。

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