第80話:精霊の矢

 西部ダンジョンの五階は話に聞いた通り、幻想的な場所だった。周囲から淡く照らされた水晶めいた鉱石が露出した石畳風の道。明らかにこれまでとは雰囲気が違う。


「たしかに戦い方を変えろとは言ったけど、なんでこんなに早く対応するのよ」

「真面目に仕事をしていて怒られるのは心外なんだけどな」


 通路を歩きながら、俺はリナリーに文句を言われていた。


「ここで採れる水晶が先輩の武器になるなんて、こんな偶然もあるんですね」


 横を歩くイーファが周囲に感心しつつ、そんなことを言う。


「魔力の通りやすい物質ならなんでもいいらしいんだ。都合良くこのダンジョンにあったのは運が良かったかもしれないな」


 今日の俺はいつもの剣の他に弓矢を装備している。ギルドにあったちょっと良い目の品だ。小さめで扱いやすく、ちょっと力がいるけど遠くに早い矢が撃てる。

 精霊の矢。エトワさんから教わった新しい戦い方は単純なものだった。


 魔力を通しやすい物質で矢じりを作り、そこに精霊を宿らせて攻撃するというものだ。これを使うと当たった瞬間に精霊が飛び出て魔法として発動させることができる。

 命中した瞬間に相手を火だるまにしたり、足元に打ち込んで穴に落としたりと応用性が高く、安全な戦法だ。何より、今なら素材が沢山あるというのも都合が良かった。


「まあ、大怪我しにくくなったのはいいわ。でも、わかってるでしょうね。今日は偵察だからね」

「それもわかってるよ。何の対策もなく中枢に挑めないだろ」


 早速、報告した上で、二人に案内してもらって五階の中枢を観察に向かうことになったのだった。


「いざ現場に来てみると、冒険者と結構すれ違うのに驚くな」

「増えましたからね。五階にまで下りてくる人も多いです」

「たまに実力不足なのが降りて来るのよね。この前も助けたし」


 ダンジョンは盛況だ。

 五階まで来るのはベテランが基本だけど、やはりというか、たまに慣れてないパーティーが頑張ってるのも報告に上がっている。冒険者が増えて賑やかになっているけど、怪我人も増加傾向だ。

 収益面の方も、ギルド本部が無視できない規模になっている。どうやら、しばらく中枢討伐は保留になりそうな情勢だ。そうなると、攻略支部周辺に追加の設備投資が必要になるかも知れない。

 そんなことを思いながら歩いていると、通路の先に気配を感じた。凄いな、もう『発見者』が発動している。


「そこの曲がり角の向こう、魔物がいるな」

「……よくわかるわね。なんか、昔みたいに調子がいいの?」

「精霊魔法を使えるようになってから、見えるものが増えたんだ。魔力とか、それに関係するものも見える。その関係かな」


 実際、通路の水晶の光り方も違って見えた。それと『発見者』の反応の件。リナリーの言った、昔みたいに、というのもあながち間違いじゃない。ピーメイ村に行って以来。色々やってるのもあって、かつてと同じくらい神痕が力を発揮しつつある実感がある。


「この先は魔物が出現する地点じゃなかったはずです。危険個体かもですね」

「私とイーファが前に出る。サズは援護ね」

 

 五階の危険個体は中枢部屋周辺に多く、そちらに向かうほど遭遇率は高い。

 武器を構えた二人に続き、矢をつがえて俺も続いた。

 道を曲がった先、居たのは透き通った青い体毛を持った狼だった。

 額にあたる部分に薄い水色の鉱石があるのが特徴だ。採取した鉱石の特徴から、カルセドニーウルフと名付けられた。

 攻撃的な性格で、額の鉱石が光ると毛皮が光って硬くなるという報告が上がっている。


「さあ、行くわよ!」

「行きます!」


 戦い慣れた二人がすぐに前進した。リナリーが素早く剣を振るうが、カルセドニーウルフは素早く横に動いて回避。

 しかし、それは陽動だ。無言でも位置取りが通じ合っているんだろう、カルセドニーウルフが移動した地点に既に回り込んでいたイーファがハルバードを振っていた。


「やあああ!」


 小さくしたハルバードの斜めの一撃を見て、カルセドニーウルフは慌てて大きく後ろに飛ぶ。さすがは危険個体、イーファの動きも見事に避けきった。

 ただ、続いて二度も無理な動きをしたせいで、動きは止まった。

 俺は落ち着いて、用意した矢をそこに打ち込んだ。


「ギャウッ」


 短い悲鳴と共に、水晶の矢じりが肩に浅く突き刺さる。

 カルセドニーウルフがこちらを睨んだ。この程度は傷のうちに入らないか。

 しかし、俺の攻撃はまだ終わっていない。

 一瞬、刺さった矢が発光。精霊の矢が発動した瞬間だ。

 矢じりの刺さった肩を起点に土の槍が生成された。

 土の精霊の槍は、そのままカルセドニーウルフの体を貫く。

 魔法の使えない者からすると、矢が刺さったと思ったら、いきなり危険個体が土の槍に貫かれたようにみえるはずだ。


「…………」


 体のど真ん中から貫かれては流石に危険個体といえど、無事じゃいられない。


「よし。やったな」


 振り返った前衛二人ににこやかに言う。なんだか、反応がいまいちだ。俺とは思えないような強力な攻撃だったと思うんだけど。


「……なんか、エグい攻撃だったわね」

「ちょっと残酷です……」


 剣やハルバードで切り裂くのだって結果は同じだと思うんだが。


「今のは土の精霊に宿って貰ってたんだ。それも強めにね。水晶の矢じりが上手く刺さったおかげだよ」


 精霊が宿った水晶の矢は思ったよりもよく刺さるみたいだ。中枢相手だとこうはいかないだろう。


「説明を求めたわけじゃないわよ。……いえ、違うわね。これならあたし達も安心して前に出れるわ」

「だから、簡単に前に出ちゃだめですよ、先輩」


 結局釘を刺されてしまったが、とりあえずそのまま俺達は先へと進むことになった。

 リナリーも小言を言わなくなったし、合格だったと思うことにしよう。


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【お礼】

この前の週末に、立て続けに文章付きのレビューをいただきました。

ありがとうございます。

この手のレビューはあまりいただいたことがないので、大変嬉しいです。

引き続き、本作をよろしくお願い致します。

また、できたら☆☆☆やフォローを頂けると、とても嬉しいです。

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