第79話:相談、調査室

「よく来たのうサズよ。さ、お茶でも飲みなさい」

「クッキーもあるわよ。食べて食べてー」


 資料室に行ったらマテウス室長だけで無く、なぜかエトワさんもいた。

 休憩室はお茶の良い香りに満たされて、テーブル上には色とりどりのクッキーが並んでいる。

 日中、ギルドの仕事を終えて夕方このまま直帰の予定で訪れたら、二人がお茶を飲んでいた。それもなんだかちょっと疲れた様子で。


「お二人とも、疲れてますね」

「まぁねー。二人してオルジフにこき使われてるから、今悪口言ってたところ」

「うむ。その通り。あいつは本当に……」

「そんな話をして平気なんですか?」

「問題ないじゃろ。仕事の愚痴を聞いて怒るような人間ではないからのう」

「そうそう。むしろこのくらい織り込み済みよ。私達が怒らないギリギリのところを狙ってるのよね」


 なんだか恐ろしい方法で仕事を回しているな……。とても真似できない。というか関わりたくない気持ちがもっと強くなった。


「サズ君、私達の方に来ちゃだめよ」

「ギルド職員としての職務に集中するんじゃぞ」


 どこか諦めた顔で語りかけてくる。本気の目だ。


「わ、わかりました。気をつけます。それで、ダンジョン攻略の相談なんですが」


 手招きで勧められた椅子に腰掛け、報告を始める。エトワさんがいると、室長も話しやすい雰囲気になるのは助かるな。


「うむ。中枢を見つけたそうじゃな。わしらも聞いておる」

「ささ、飲んで食べて。今日はお茶もお菓子も私のだから、美味しいよ」

「わしのお茶も悪くないんだがのう」


 室長の苦いお茶を思い出すとうなずけなかった。

 それはそれとして、話が早い。


 俺が相談したかったのは五階で見つかった中枢の魔物のことだ。リナリー達は危険個体に遭遇したものの行き止まりだった。だが、別ルートから東方向にベテランの冒険者が突き進んだところ、中枢を発見した。

 そこで上がってきた複数の報告書を見た俺は、資料室へ相談に来たわけだ。


「五階中枢で見つかったのは両肩から水晶のような鉱物が生えた狼です。体毛は青黒く、目の色は赤。水晶体の中では魔力と思われる光が確認できています」

「へぇ、なんか面白い見た目してるわね」

「珍しいのう。生物系と鉱物系の融合型かの」


 俺は頷きつつ、話を続ける。


「部屋は広く、それまでの通路と違って自然洞窟に近い形です。ただ、そこら中に魔力を内包した水晶が見られるとか」

「中枢に関係がありそうな水晶じゃなぁ。うっかり刺激すると部屋全体から攻撃でも来そうじゃ」

「魔法使いでもないのにわかるくらいの魔力の水晶って、凄い高価な鉱石よね。誰か持ち帰って来てないの?」

「残念ながら。道中で採れる似たような鉱物ならあるんですが」


 言いながらポケットから小さな水晶を取り出してテーブル上に置く。

 五階の中枢付近で取れたもので、中を見ると小さな火のようなものが灯っている。


「見せてもらうね」


 エトワさんが手に取ると、興味深げに観察を始めた。

 

「うわー、これは凄いね。中に結構な魔力が籠もってるよ。武器とか日用品とか色々と使い道があるんじゃないかな。もしかして、これ沢山採れるの?」

「はい。ダンジョンの収益は倍増しています」

「それは凄いのう。それで、サズ君はなにが気になっているんじゃ?」


 これまではただの報告。相談はここからだ。


「似たような中枢の事例がないか調べて欲しいんです。中枢がどんな魔物か、できるだけ備えて置きたいんで」

「ふむ……。収益倍増ならギルドは様子見と判断すると思うがのう?」

「あくまで備えです。時間があるうちに打てる手を打たないといけないと思いまして」

「サズ君、慎重ね。でも、それなら一度直接見に行けばいいんじゃない? 『発見者』なら遠くから見るだけでも、報告書よりも詳しいことがわかると思うけど?」

「それが、仲間から同行を禁止されてしまいまして……」


 俺はリナリー達に怒られ、ダンジョン出禁になっている顛末を伝えた。

 

「なるほどのう。大怪我していたとは聞いておったが、そんな展開になっておったとわ」

「大事にされてるねー。それでサズ君はどうしたい?」


 エトワさんが楽しげにこちらを見つめてきた。口調は軽いが真剣な目だった。


「仲間の言うことはもっともです。後衛として、もっと戦える手段を見つけて、調査に行きたいところですね」

「……本気ね? でも自分でもわかってるんでしょ。『発見者』はあんまり戦闘向きじゃないって」

「わかってます。何度も大怪我していますしね」


 でも、必要とあらば俺は潜る。ギルド職員としての仕事でもあるし、『発見者』が役立つならできるだけ生かしたい。それが危険な現場であってもだ。

 そのためには上手い戦い方が欲しい。精霊魔法なんて珍しい力を手にいれてるのに、贅沢だとは思うけれど。


「その様子だと、何もしなくても上手いこと仲間を説得して行っちゃいそうね。じゃあ、お姉さんが良いこと教えてあげる」


 水晶を手に持ったエトワさんは、どこか迫力のある笑みを浮かべて言った。


「精霊の矢っていうのの作り方を教えてあげるわ」


 ああ、この人は魔女なんだな、と今更ながら思った。

 たった一言、意味ありげな笑みを向けられただけで、背筋が凍った。


「よろしくお願いします」


 それでも俺は頷いた。きっと、遅かれ早かれ、この人に教えを乞いに行っただろうから。

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