第78話:イーファ達の五階探索
王都西部ダンジョン五階はこれまでと様相が違う場所でした。
あのゴーレムみたいなのが中枢をやっていた四階は、自然系の岩が目立つ場所でしたが、五階はちょっと雰囲気が違います。
なんというか、作られた通路みたいな感じになっているのです。足下や壁も綺麗ですし、歩きやすいです。でも、煉瓦や石畳ではない、石の地面です。時折四角い形の部屋があって、そこに魔物がいたり高価な鉱石が採取できます。
サズ先輩にこれはどんな分類のダンジョンか聞いてみたら、「多分、人工物風……かな?」と困った顔をして言っていました。珍しいダンジョンみたいです。
そんなところを、私とリナリーさんは歩いています。天井にも光る石があるので結構明るく、壁の所々にある鉱石がキラキラと光を反射して幻想的な景色です。これで魔物が出なければちょっとした観光地になるんじゃないでしょうか。
「もうちょっとで未探索の通路に入るわ。イーファ、油断しないようにね」
「はい。気をつけます」
横で地図を確認するリナリーさんに答えつつ、小さくしたハルバードを握りしめます。
「中枢がいそうな方向っていっても、こんなにあるんじゃほんとに参考にしかならないわねぇ」
地図を見ながらぶつぶつ言っているのは、サズ先輩に対してです。先輩は報告書や資料室の情報から、中枢がいそうな場所に大体の見当をつけてくれました。
方向は東側で、既知の通路に印をつけて優先順位を教えてくれたんですが、数が多いのです。
申し訳なさそうに「何もないよりマシ程度なんだけどな」と言ってましたけど、広い五階において方向だけでも指針があるのは助かります。
「先輩に来て貰えば早そうですけど……」
「駄目よそれは。絶対に」
きっぱりとした口調でした。気持ちはわかります。サズ先輩は、自分の怪我を顧みないことがありますから。一緒にいると心強いけれど、ちょっと心配なのはわかります。わかるようになってきました。
「とにかく進みましょう。ゆっくりとね」
「はい。ゆっくり進みましょう!」
私たちは武器を構え、少しずつ通路を行きます。幸い、五階では罠は確認されていません。でも、未知の通路じゃわからない。油断はできないんです。
五分くらい進んだ頃でしょうか、急に先の方から物音が聞こえてきました。
「イーファ、聞こえる?」
「はい。これ、危ないですね」
十歩くらい先にある曲がり角。その向こうから戦いの音が聞こえてきます。音には悲鳴が混じっていて、冒険者が劣勢になっているみたいです。
「行きましょう。ただし、いきなり飛び込むのは厳禁よ」
「はいっ」
前に出て軽く駆けだしたリナリーさんに続きます。
曲がり角を抜けた先で見たのは、一匹の魔物に苦戦する冒険者パーティーでした。
見覚えがあります。神痕を持たない、若手の一団。ヒンナルさんと懇意にしている人達です。
彼らが対峙しているのは、つやつやとした丸い兜のような殻を被ったヤドカリのような魔物です。攻撃が通じるのは露出している僅かな部分のみ。攻撃系の神痕を持っていないと戦い辛い強敵です。
神痕を持たない彼らでは戦うのは危険でしょう。
「あんた達、下がりなさい!」
鋭い声と共に、リナリーさんが戦場に飛び込みます。
通路が広めなのが幸いでした。指示を聞いたパーティーが距離をとって出来た隙間に、リナリーさんが躍り込みます。
「はああ!」
鋭い叫びと共に、魔物の顔付近に目にもとまらぬ斬撃。
突然の乱入者と傷に驚いたのか、魔物の動きが止まりました。
「皆さんは下がってください。私たちが相手をします!」
私も続きます。少し下がったリナリーさんの横から魔物の正面に出ます。
ダンジョンが深くなるほど魔物も狡猾になります。ヤドカリ状の魔物は素早く自分を殻の中に身を隠しました。
ですが、私には関係ありません。
「やああああ!」
『怪力』の神痕の力を使って、殻の上から大上段の一撃を叩き込みました。
一瞬、堅い感触がありましたが、それだけです。手に軽い衝撃があると同時に、魔物の殻が粉砕されます。
「よくやったわ! イーファ!」
砕かれて中身がむき出しになった場所に、リナリーさんが連続で突きを入れます。遺産装備の剣が何度も青白く輝く強力な攻撃です。
後ろの方から冒険者パーティーの面々が「すげぇ」とか「流石だ」といっているのが聞こえて来ました。
「……動きませんね」
魔物はその場に崩れ落ちて、そのままです。何とかなりました。
「大丈夫そうね。……さて、あんた達、なんでこんな所にいるのかしら? 未探索の場所なの、わかってるでしょ?」
声に振り返れば、両手を腰に当てて冒険者パーティーを睨み付けているリナリーさんがいました。怖いです。
「あ、安全そうな道を選んで……」
「ダンジョンにそんなのないわよ。帰りなさい。いえ、四階まで送っていくわ」
「そ、それは……」
「命の恩人の言うことは聞くものよ。次は無いかもしれない、よく考えることね」
本気で怒っている時の口調でした。リナリーさんはよく声を荒げますが、それは感情の起伏が激しくてそうなるだけです。本当に怒るときは静かで落ち着いた口調になるんです。サズ先輩の時に学びました。
「イーファ、一度戻るけどいい?」
「もちろんです。ギルド職員としては、冒険者の無茶を止めなきゃいけませんから」
申し訳なさそうに言うリナリーさんに、私は笑顔で返しました。
中枢探索は大事ですが、期限があるわけじゃありません。ここでちょっと戻るくらい、大したことはないのです。
慌てて大怪我するようなことだけは、避けたいですから。
この後、危なかった冒険者パーティーを四階に送った後、私たちは一度外に出ました。
それから三日間、通路の先を探索しましたが、行き止まりでした。危険個体に遭遇したけど、無事に殲滅しました。
結局、五階の中枢は別の冒険者パーティーが見つけました。サズ先輩が予想は当たっていましたが、私達の選んだ通路は外れだったのです。
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本日、『左遷されたギルド職員が辺境で地道に活躍する話』、書籍版一巻の発売日です。
コミカライズ共々、宜しくお願い致します。
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