第77話:ダンジョン五階攻略情報

 今日は受付の仕事をしていたイーファとギルド前の訓練所を眺めながら休憩中だ。

 攻略の進捗に合わせて冒険者は増えている。結構賑やかで、ダンジョン周辺に市場まで立つようになったほどだ。


 俺はダンジョン出禁になったが、イーファは違う。攻略と職員の仕事、その両方を日々忙しくこなしている。

 今日はギルド職員の日だった。いつも通り、元気な姿で受付の仕事をしての昼休みの食事を終えた後の休憩時間。

 その時間を俺とイーファはギルド内に設けられた訓練所を眺めながら過ごしていた。夏の盛りを過ぎて涼しくなっているとはいえ、まだまだ動けば汗が噴き出る時期だ。

 それでも、冒険者達は元気に訓練に勤しんでいる。

 日頃の鍛錬が命の危機に直結する仕事だ。熱心になるのも当然といえる。

 そして人数が多い、ちょっと前までは寂しい感じだったのに、今は座っていても熱気が伝わってくるような環境だ。


「あっという間に賑やかになりましたね」

「景気が良い場所だとわかると、人が集まるのも早い。特にここは王都だしな」

「やっぱり人が多い場所ってだけで違うものなんですねぇ」


 王都という土地柄もあるけど、変われば変わるもんだ。

 そんなことを考えていると後ろから声をかけられた。


「やあ、サズ君。元気そうでなによりだ。あまり無茶をしないでくれよ」


 ヒンナルだった。嫌味っぽい口調は仕方ないが、機嫌は非常に良い。歩く時、よくわからないステップを刻んでいるほどだ。


「はい。しばらくはここで体を動かしておくだけにしておきます」

「それがいい。イーファ君も無理はしないように。現場は冒険者で回っているみたいじゃないか」

「はいっ。リナリーさんがいるので大丈夫です」

「……結構。では、僕はちょっと所用で出かけるよ」


 そういうとヒンナルは軽やかな足取りで訓練所を離れていった。イーファにはヒンナルの意図が伝わってなかったな。


「ご機嫌ですね。ヒンナル所長。ここ最近は特に、顔色まで良くなってる気がします」

「景気がいいから、かな。今のところ悪いことは起きてないしな」

「周りを賑やかにするのに一生懸命みたいですね。冒険者の皆さんは喜んでいますけれど」

「態勢が整うは悪いことじゃないから、なんとも言えないなぁ」


 冒険者の訓練を眺めながら、そうとしか言えなかった。ここの賑やかさの要因の幾らかはヒンナルの功績だ。コネが使いやすくなったのと、攻略が軌道に乗ったことで、人と物が集まりやすくなっている。派手好きの彼としてはやりやすくなっているようだ。おかげで施設と物資が充実している。


 冒険者にも恩恵があるので、今のところ悪いことにはなっていない。というか、当初と比べると最近は的確な判断をしているような気がする。

 こちらに迷惑をかけていなければ、ヒンナルは問題ない。俺が気になるのはダンジョンの攻略状況だ。


「五階の攻略はどんな感じだ? 報告書は見てるけど、イーファの見たものを聞きたい」

「えっと、金属とか鉱物が動いてるような魔物が多いですね。頑丈なんでちょっと苦戦してます。水晶みたいな透き通った石みたいのと良く遭遇します。倒すと採取できるものが高く売れるから、みんな助かってるみたいです」

「苦戦か……神痕がないと厳しいだろうな」

「ですね。鉱物が採れる場所だと数も多いですし、やっぱり硬いと神痕無しは厳しいです」


 リナリーとイーファは休みを挟みつつ定期的に五階に潜っている。二人の報告では苦戦した様子は見えないけど、彼女達は例外と見たほうがいいだろう。


「神痕なしの冒険者が五階にいるって聞いたけど?」

「例の人達ですね。ものすごく慎重に入り口周辺だけ回ってるからって言い訳して、こっそり潜ってるみたいです」

「……そうか」


 対応としてはこれが精一杯だな。後は、彼らが運よく神痕を手に入れるか、諦めるかを願うしかない。


「私としては中枢が見つかってないのが気になります」

「思ったより広そうだし、魔物が手強いから進みが悪いんだよなぁ」


 五階の地図を思い描く、ここにきていきなり範囲が広くなった。四階の倍以上はありそうで、まだ全容が見えない。

 それと加えて魔物の手強さもあって、攻略の進みは遅めだ。冒険者もまずは稼ぎを優先してしまうので、採取だけして帰ってきてしまうことも多い。

 こういう時は、いっそ自分で同行してしてしまえば話が早いんだが。


「俺も行く、とか言うんじゃないわよ。サズ」


 今まさに口にしようとしていたことを、いきなり否定されてしまった。

 やってきたのはリナリーだ。さっきまでギルド内で話していたので、用件が済んだんだろう。

 既にちょっと怒っている気配があるので、俺は喉まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。


「まさか、禁止されてるんだから言うわけないだろ」

「どうだか。イーファ相手だったら絶対ついて行くとか言い出したわよ」

「……すいません、先輩。ちょっと否定しにくいです」


 ばれている上にイーファからも微妙に信頼されていなかった。


「攻略についてはあたしとイーファに任せなさい。あんたは報告聞いて助言してくれればいいのよ。一番得意でしょ、そういうのが」

「それはそうだけどな……」

「わかってるなら良し。じゃ、打ち合わせしましょうか。五階の中枢がいそうなところを考えるわよ。ギルドとしても攻略の目処くらいは立てておきたいみたい」


 どうやら、俺の仕事まで作ってくれていたようだ。


「先輩、今は私達に任せておいてください。まだ怪我から復帰したばかりなんですからねっ」


 イーファにまでこう言われては従うしかない。

 たしかに、今は攻略状況を追いかけるほうが良さそうだ。


「じゃあ、打ち合わせしよう。実はいくつか考えがあるんだ」


 日々の報告や資料室からの情報で、中枢がありそうな方向は何となく見えている。それを伝えて、あとは様子見しかないな。

 リナリーに言われた、新しい戦い方も早く見つけたほうが良さそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る