第74話:四階中枢戦(2)

 中枢だけあって、中で蠢く植物も一筋縄ではいかない。エトワさんが火力が必要と言っていたけど、これほどとは思わなかった。


 

 吹き飛び、焼かれても、中の植物もまだ元気らしく、むしろ傷を受けて攻撃的になったのか、鞭のようにしなる蔓を各所から伸ばしている。

 無機物と生物が合わさったその光景は、不気味だ。



「動きは遅くなってるし、このまま何とかなるんじゃないですか?」

「だといいけれど」


 目の前。リナリーとイーファがゴーレム相手に戦いを繰り広げている。

 ゴーレムは右手を地面に落とし、ほぼ固定の状態だ。確かに動きは悪くなっている。胴体の内側からしっかり燃えているのか、蔓も減ってきている。

 リナリーとイーファの連携は見事なもので、徐々にゴーレムの各所を削っている。


 もっと援護の火の精霊を呼ぼうか……。

 そう考えた時、ルギッタが心配そうにこちらを覗き込んできた。


「サズさん、大丈夫ですか?」

「思ったよりも魔力を持っていかれたみたいだ。まだ大丈夫だけど、そう何度も精霊は呼び出せなさそうだ」


 少し、体が重い。

 精霊を呼び出した時、対価とばかりに魔力を持っていかれる。普段は意識しないけれど、火の中位精霊を二体、それも持続的に呼び出すのは結構魔力を使うようだ。

 次に呼び出したら倒れるというほどじゃないけど、できるだけ早く決めたほうがよさそうだ。


 しかし、次の手を考える前に、ゴーレムが動きを変えた。


「…………!」


 くぐもった轟音が、室内に響く。

 地面に落ちた右手をそのままに、無理やり動いた。それこそ引きちぎる勢いだ。

 しかし、起きたのは想像とは別の現象だ。腕は肘の辺りからちぎれたが、そこから植物の蔓が鎖のように伸びて繋がっていた。一部焦げているのは呼び出した火の精霊が頑張っている証拠だろう。


「まずい、二人とも! 避けろ!」


 叫ぶと同時、ゴーレムが伸びた右腕を振り回した。鎖の先に鉄球がついたモーニングスターという武器があるが、それに近い。これまでの直線的で遅かった打撃とは違い、振り回される右拳は高速だ。

 鞭のようにしなる先端についた右拳が前衛二人に襲いかかる。


「うわわっ」

「イーファ、受け止めちゃだめよ!」


 しっかりと反応していた二人はなんとか避ける。だが、優位だった戦況は覆った。音を立てて振り回される右腕が危険すぎて近づきにくい。


 まずはあれを焼き切らないと。

 そうすれば、相手は片腕になって、より攻撃しやすくなる。

 俺が再び火の精霊に呼びかけようとした時、リナリーが動いた。


「はあっ!!」


 これまでの回避をやめて、彼女は気合いと共に前進した。

 何を、とは言わない。狙いはすぐにわかった。

 蔓によって伸びた右腕、それを斬りにいく。戦況を変えるには、一番の方法だ。俺と同じことを、現役冒険者が考えないわけがない。


「リナリーさん!」


 イーファの叫びにリナリーは応答しない。横殴りに飛んできた右拳を交わし、一本一本が腕ほどもある太さの蔓に接近し。


「せぇぇぇっ!」


 力を込めるように、ずっと肩の上で構えていた剣を振り下ろす。

 刃が輝き、彼女の神痕からもたらされた力が遺産装備の剣を伝って強力な一撃を生み出す。


 「一閃」。パーティー名であり、彼女の代名詞とも言える斬撃は、縦一直線にゴーレムの右腕を繋ぐ蔓を両断した。


 巨大な右拳が地面に落ちる。

 その光景に見惚れる者は、この場にいない。敵も含めて。


 まず最初に、ゴーレムが左拳を動かした。狙いはいうまでもなくリナリーだ。

 一閃を使った直後の彼女は少し動きが悪くなる。さらに、これまでの疲労もあり、反応が遅れた。


「ぐっ」


 なんとか体を捻ったリナリーが弾き飛ばされた。

 

「リナリーさん!」


 治療のため、ルギッタが駆け出す。それに合わせて、俺も真っ直ぐに走る。

 怪我をしたリナリーではなく、ゴーレムの方に。


 地面に落ちたゴーレムの拳ではまだ植物の蔓がうねっていた。なんだか、元の場所に戻ってくっつきそうな感じだ。

 なら、その前に決着をつける。


 ゴーレムは更にリナリーに追撃をかけることができていない。

 間にイーファが立ちはだかったからだ。


「やああ!」


 限界まで大きくしたハルバードを縦横無尽に振り、片腕になったゴーレムへ正面から切り込んでいる。リナリーのような俊敏さはないが、その剛腕にゴーレムといえど、動きが止まった。


 その攻防に、俺は上手く紛れ込んだ。

 

「先輩!」

「もう少し頑張ってくれ! こいつを焼く!」


 ゴーレムの右側面に回り込み。リナリーの一閃が切り裂いた右腕を見た。

 そこにはまるで筋肉のように蠢く植物の蔓がある。


 植物の魔物は俺をすぐに見咎めて、蔓を伸ばしてきた。


「くっ。あとちょい!」


 俺に前衛二人のようにこの蔓を切り裂く力はない。

 できるのは遺産装備の盾で受け流すことくらいだ。

 少し打撃を受けつつも、『発見者』の力を借りて、的確に攻撃を受け流し、なんとか関節部へ接近することに成功。


 岩の中にみっちりと自生した植物の蔓。そんな不気味な光景に右手の松明を叩き込み。できる限りの力を込めて叫び、願う。


「火の精霊よ! こいつを中から焼き尽くせ! 全力だ!」


 直後、右手の先から爆発のような火炎が生まれた。

 味方を巻き込まないように配慮した射撃としての使い方とは違う。火の精霊を直接流し込む、接近しての魔法。

 これなら火力の配慮はいらない。火の精霊は自身の赴くまま、全開の火力を発揮できる。


 火の中位精霊の全力は俺の想像以上だった。

 魔法を使った数秒後には、ゴーレムの各所に空いた穴から炎が吹き出した。普段は俺の頼みを聞いて、相当我慢していたんだろう。

 

 右手に猛烈な痛みを感じつつも、俺はなんとか意識をしっかりと保つ。


 やるべきことがもう一つある。

 ゴーレムの弱点。核を見つけることだ。

 火の精霊によって内部の魔物が焼かれた今なら、見つけられるはず。


 全身の痛みに耐えながら、この目でゴーレムを観察する。

 どこだ、核は……。『発見者』なら見つけられるはず。魔法を覚えて、魔力まで見えるようになった今なら尚更だ。


 観察していて、すぐに気づいた。胴体の少し下。腰のあたりだけ。精霊の炎が回っていない。まるで、あそこだけ厳重に守られるべく、別構造になっているかのようだ。


「イーファ! 腰だ! そこに核がある!」


 叫び声に、村から来てくれた同僚はすぐに反応した。


「わかりました! このお!」


 一瞬、小柄な彼女の体が発光した。意志に応えた神痕が常識外れの『怪力』を発揮したんだろう。

 振り下ろした輝くハルバードが巨大な左拳を叩きつけて、その動きを止めさせる。


「行きますっ!」


 そのまま素早く跳躍して、ゴーレムの後ろ側、腰の辺りにすぐさま到達して、イーファが叫ぶ。


「やああああ!」


 気合いの雄叫びと共に炸裂した一撃は、ゴーレムの腰を抉るように粉砕した。一瞬放ったハルバードの輝きは、まるでリナリーの「一閃」を思わせる、強烈な魔力の輝きを放っていた。威力だけなら、それ以上だろう。


「ありました! 核です!」


 イーファが猛攻をかける間に、ゴーレムから離れた俺からは見えないが、そんな声が聞こえた。よし、後一回。精霊魔法で足止めして、イーファにトドメを刺して貰えば……。


 そんな俺の思惑とは別に、割り込む影があった。


「よくやったわ! 二人とも!」


 疲れも怪我も感じさせない声で戦場に戻ってきたリナリーが、変わらぬ軽快な動きでゴーレムの背面に回り込む。ルギッタの『癒やし手』だ。もう治ったのか。


「これで終わりよ!」


 部屋全体に響く声と共に、この日二回目の「一閃」がゴーレムに炸裂した。


「……オ……ォ…」


 岩と植物、どちらの体か出ているのかわからないが、くぐもった悲鳴のような音を出しながら、中枢の魔物がゆっくりと崩れていく。


 油断なく身構える俺達の前で、四階中枢のゴーレムは、ただの岩塊と植物へと姿を変えて、その動作を停止した。


 なんとかやったか……。


 それを確認して、さすがに地面にへたり込んだ。全身が痛い。盾で回避しきれなかった分は普通に受けてしまった。あと、右手だ。なんか、真っ黒になってる……これ、かなりまずい火傷だな。


「先輩、やりましたね! って、すごい怪我です! ルギッタさん! ルギッタさん!」

「サズさん! うわ……この右手。それに、打撲で骨も……。すぐ『癒やし手』を使いますから!」


 なんだか相当な負傷をしていたらしい。今更ながら意識が遠くなってきた。


「まったく。無茶するなって言ってるでしょ。急に前に出てくるなんて」


 ルギッタの『癒やし手』の力だろう。右腕に暖かいものを感じる中、リナリーの呆れ声が聞こえてきた。

 俺はどうにかして、声を出す。


「……他に方法が思い浮かばなかったんだ。それに、上手くいったしな」

「起きたら説教よ。後はイーファに運んでもらうから、ゆっくり寝てなさい」


 なんだか、中枢と戦った後にイーファに運ばれて帰るのに懐かしさを感じるな。ピーメイ村の時もそうだった。

 そんなことを考えてるうちに、俺は意識を失った。

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