第73話:四階中枢戦(1)
西部ダンジョン四階は自然石が多い階層だ。各所から光る石が産出する関係か、中は明るい。
現れる魔物は鉱物が混じった動物のようなものが多いが、個体数は少なめ。ただ、数は少ないが手強い。ここの魔物は硬く、神痕持ちでないと相手にするのは難しくなってくる。
「うーん。魔物は連日入ってる冒険者が退治してくれてるから、順調だね。もしかしてサズ、これを狙ってた?」
「まさか。単純に運が良いだけだよ。それに、特訓中に攻略されてる可能性だってあったわけだしな」
「それはそれで楽ができて良かったと思いますけどー」
ルギッタがにこやかに応じる。『癒やし手』の彼女だが、盾にメイスを持ち、チェインメイルを着込んだ重装備だ。接近戦なら後ろからクロスボウで援護もしてくれる武闘派の『癒やし手』である。
「ギルド職員的にはそれが良いですが、冒険者的には微妙な感じです」
「イーファは正直ね。ま、残念ながらあたし達まで出番が回って来たわけだけど……」
話しながらだけど、あくまで気は抜かずに歩く。
中枢相手だと装備も違う。リナリーはいつもの剣の他に上半身を覆う薄手の金属鎧を身につけている。これも遺産装備で軽くて丈夫だ。
イーファはいつものハルバードに銀色の鎧。金属製の頑丈そうな籠手を装備。
俺も遺産装備の盾に長剣。軽めの革鎧を身につけている。このメンバーだと前線に出る機会は減りそうだから、長剣の出番があるかは微妙だな。
道中は順調に進み。俺達は大きな扉の前に到着していた。
明らかに異物感のある物々しい、金属製の出入り口。
この向こうが中枢のいる部屋だ。あからさまに場所が用意されている場合、結構手強い。
「昨日までの報告だと。小さめの爆弾を使った冒険者もいたけどゴーレムを破壊するには至れなかったみたいだ。上半身を吹き飛ばせそうだったんだけど、中の植物が支えたらしい」
「先輩の読みどおり。まずは植物からですね」
「サズの『発見者』は信用してるわ。精霊の方はどう? 三日でどうにかなるものなの?」
「みんなを巻き込まずに燃やすだけなら、何とかできそうだよ」
「それは助かりますねー。私は後方で控えていますから、怪我をしたらすぐに駆けつけますね」
「よし、じゃあ、前はあたしとイーファね。特にイーファ。ゴーレム相手ならあたしよりも貴女の出番よ」
「は、はい。頑張ります」
振り返り、力強い視線で俺達全員を見回してから、リナリーは凛と響く声で言う。
俺は手早く火を起こして、小さめの松明に火を付けた。ランタンやもっと小さな火種でもいいんだが、こう言う火の方が精霊を扱いやすい気がするからだ。
「これで準備はできたぞ」
「よし。これから中枢を叩くわよ!」
そういうなり、リナリーが勢いよく扉を開いた。
○○○
4階中枢の部屋は、障害物のない石畳の広い空間だった。天井は高く、それゆえに中で待つ存在の異様さがこれでもかと伝わってくる。
入ってすぐ目に入ったのは、部屋の中央からこちらを睥睨する灰色の岩の塊。四角い巨岩に雑な手足と頭がくっついたゴーレムだ。
距離があってもわかるくらい、大きい。人間二人分はあるだろう。頭部の目に類すると思われる空虚な穴がこちらを見据えているのが威圧感として伝わってくる。
「サズ、どう思う?」
俺は素早くゴーレム全体を見渡し、気づいたことを順番に述べる。
「他の冒険者から受けた傷は大方回復してるみたいだな。楽はできそうにない。基本的には報告通りの外見だ。周辺も異常はないように見える」
「そう。じゃ、手はず通りにお願い」
「わかった。地の精霊よ、できるだけ頑丈な石の槍を作ってくれ」
床は石畳だが、ありがたいことに地の精霊がいた。俺の頼みはしっかり届き、エトワさんの家でガーゴイルと戦ったときと同じような、投げ槍を三つ作成。
ゴーレムを見ればゆっくりこちらに向かってきていた。悠然と、存在感を示しながら、重量感のある音と共に近づいてくる。
速度は遅い。つまり、先制攻撃は可能ということだ。
「イーファ、頼む」
「はいっ。やあああ!」
イーファの投げ槍が連続で飛ぶ。
石の槍は次々とゴーレムに突き刺さり、一本は右目の部分を貫いた。
三本投擲して、全部命中。出だしとしては上々だ。
「イーファさん、凄い上手ですねぇ」
「なんでかわかりませんが、こういう時の投げ槍は凄く当たるんですっ」
感心するルギッタにイーファが笑顔で答えた。本当によく当たる。不思議だ。
「命中したのはいいけど、あんまり効いてないわね。仕方ない、行くとしましょうか」
落ち着いて観察していたリナリーの言葉通り、ゴーレムの動きはまるで変わっていなかった。かなり深く刺さっている岩の槍は自然と抜け落ち、できた穴から植物の蔓が現れている。報告に聞く再生現象だ。
「これも予想通りか。せめて、頭のやつが見た目通り目の機能でもあれば良かったんだけどな」
「ただの飾りね、あれ。……サズとルギッタは後ろに。イーファ、あたしが道を開くから、派手にやって。そしたらサズの出番よ」
「はいですっ」
「怪我をしたらすぐ下がってくださいね」
「気をつけてな」
「心配無用よ!」
そう言うなり、銀色の剣を構えて赤毛の剣士は一気にかけ出す。
その後をすぐにイーファが追いかけた。
ゴーレムとの距離は近い。すぐに接敵した。
巨大な腕が振るわれるが、二人とも上手く回避。しかし、腕から飛び出した蔓が鞭のようにしなって、襲いかかった。
「ネタは割れてんのよ!」
叫びと共に、リナリーの剣がそれらを全て切り裂く。
その後ろから、イーファが飛び出す。両手で構えたハルバードが大上段から縦に思い切り振り下ろされる。
「やああああ!!」
右腕に『怪力』の一撃が炸裂した。ハルバードの刃以上の範囲が豪快に吹き飛ぶ。ただ、切断には至らない。
「す、凄いですね。イーファさん」
「前より強くなってる気がするな……」
手持ちの盾で飛んできた小石を受けながら、俺は呆然とそれを見ていた。リナリーとの特訓やダンジョン探索の成果だろうか。
ゴーレムの右腕は間接付近が半分くらい吹き飛んだ。中から岩の中にうごめく植物が大量に見える。
このままだと再生される。逆に言えばあれを焼けば撃破の道が見える!
俺は右手の松明をかかげて、精霊に呼びかける。
「火の精霊よ。あのゴーレムの中の植物を焼き尽くしてくれ。いけ!」
俺の呼びかけに答えて、しっかりと火の中位精霊が飛び出した。
輝く火の粉をまとう精霊は、赤い光の軌跡を残して、ゴーレム右腕の露出した蔓に突撃。俺の頼みの通り、蔓をどんどん燃やしていく。
「ダメ! 止まってないわ!」
右腕を燃やされてもゴーレムは止まらなかった。それどころか、凄い勢いで暴れ回り始めた。
「でぇい!」
リナリーほど身軽じゃないイーファがゴーレムの左腕をハルバードで受け止めた。それどころか、ゴーレムの腕が少し陥没してる。……凄いな。『怪力』なんて言葉で済ませていいのか、あれ。
「え、援護したいけど。私だと相手が大きすぎですね」
ルギッタの諦め気味の発言に俺は頷く。『発見者』も『癒やし手』も戦闘向きとは言いがたいので、ゴーレム相手だと攻撃は通しにくい。精霊魔法がなければ、俺も見学しかできなかっただろう。
「右手の動きは悪くなってる。効いてはいる。もっと火力が必要なんだ。リナリー!」
声をかけると本体から伸び出て来た蔓を切っていたリナリーが一瞬だけこちらを見た。
それだけで、意図が伝わった。
「はあああ!」
リナリーがここが勝負とばかりに動く。流れるような連撃で遮る蔓を切り進み、一気に胴体に接近。
「でぇい!」
そして、そのまま強烈な突きを見った。イーファには及ばないけど、ゴーレムの胴体に少しだけ穴が空く。
素早く後退して距離を取ったリナリーが叫ぶ。
「イーファ、ここよ!」
叫んだ先にいるのは左手を押しとどめていたイーファだ。
俺はそれを少しでも助けるべく、動く。
「地の精霊よ。一瞬でいい、あの腕を止めてくれ」
イーファに押されて地面についていたゴーレムの左手。そのすぐ下が沈見こんだ。そしてすぐさま地面が固まる。得意の行動阻害だ。
しかし、ゴーレムの怪力相手ではすぐに抜け出されてしまう。
俺が稼げたのは短い時間だが、イーファが抜け出すには十分だった。
リナリーが離脱してできた空間にイーファが入り、ゴーレムの胴体に接近。その動きは、以前よりも軽やかだ。ムエイ流を特訓した成果かも知れない。
「やあああ!」
走った勢いと神痕の力を乗せて、イーファの一撃がリナリーの開けた穴に直撃。
ゴーレムの胴体右下に巨大な穴が空く。
中にはみっちりと詰まった植物の蔓が見えた。
「火の精霊よ。もう一回だ。あそこの穴から入って中から植物を焼いてくれ!」
俺の願いに応え、再び火の中位精霊が出現。瞬時にゴーレムの胴体に入り、内部から焼き始める。
これで二カ所。右手と胴体から、火の精霊が入り込んで焼き尽くしているはず。
実際、ゴーレムに元々あった細かい穴から煙が出ていて、その周辺は高温で揺らめいているんだが。
「まだ動くか……」
ゴーレムは、まだ動いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます