第71話:中位精霊
「なるほど。話はわかったわ。たしかに、私に聞きに来るような話だね」
王都の例の公園地下。エトワさんの家。その持ち主である魔女はにこやかに応じてくれた。
魔法について学ぶなら、魔法使いのところ。そんな安直な考えで、俺とイーファはエトワさんの下を訪れた。
とはいえ、ここまでがちょっと大変だった。先日のように偶然会えるわけでも無く、試しに日中訪れてみたら留守だった。
仕方なく手紙を置いて帰ったら、俺とイーファの部屋の机の上にいつの間にか返事が来ていた。
会おうと思ってから実際に面会できたのは打ち合わせの三日後。多分、魔女相手なら、これでも、早いほうだと思う。
「ごめんね。なかなか時間作れなくて。……オルジフの奴がほんとアホみたいに仕事詰め込むから。あ、詳しく話さない方がいいだろうから、あいつ関連の話はこれでおしまいね」
「それでお願いします」
「はい。深くは聞きません!」
大臣がこの人にどんな案件を振ってるのか。気にならないといえば嘘になる。でも、詮索しない方が賢明なのは確かだ。余計な面倒事は抱えたくない。
「さて、愚痴はこのくらいにしましょう。夕食後だけれど、良ければ食べてね。さて……」
俺達に以前と同じようにお茶とお菓子を勧めつつ、本人は渡した資料を読み始めた。軽めの口調とは裏腹に、その目は真剣だ。既に口頭で状況は伝えたけど、ちゃんと資料を読み込んでくれるし、真面目な人だ。
「うん。わかんないね。ゴーレムの中に植物の魔物がいるっていうサズ君の見立てはあってそうだけど。私は見たことない魔物だねー」
残念ながら、四階中枢はエトワさんの知らない魔物だった。もし見たことがあれば対処法を聞いて楽ができそうだったんだけどな。
「イーファが攻撃しても中の植物まで吹き飛ばせなかったそうです。だから、外側のゴーレム部分を吹き飛ばした後、中を火の精霊で焼けないかと思うんですが。可能ですか?」
色々考えた末、俺にできそうな攻略法がそれだった。生の植物、それも魔物に簡単に火がつくわけはないんだが、精霊魔法なら話は別だ。
「そうだねー。結構火力が必要だと思うけど、いけると思うよ。中の植物を焼けばゴーレム部分も倒しやすくなるだろうね」
「俺は火の精霊をあまり使ったことがないんです。できますか?」
「うーん。火力がちょーっと足りないかもねぇ」
「あ、あの、いっそエトワさんに協力して貰うとかは?」
イーファの言葉にエトワさんは困り顔で答える。
「ごめんね。それは難しいかな。ダンジョン攻略に関わって名前が売れちゃうと、最悪ここに住めなくなっちゃうから。魔女が長生きする秘訣は社会と適度な距離を取ること、なのよね」
「大臣からの仕事はいいんですか?」
聞いた感じだと、ダンジョン攻略よりも相当派手に動いているように思えるんだけど。
「あいつが依頼してくるのはちょっとした証拠集めとか、遠見での確認とかが多いのよ。その辺、絶妙なの選んでくるのよね。魔女が王都にいられるように、手を回してくれてるしね」
言い方は良くないが魔女の扱いを心得ているということか。さすがは大臣。
そして、俺もそれなりに魔女との関わり方は知っているつもりだ。
「火の精霊の使い方を教えて貰えませんか? 火力不足なら、それを補う方法を」
「うん。手伝いなら大丈夫。まず、サズ君は中位精霊を見られるようになる必要があります」
「ちゅ、中位精霊? 先輩がいつも使っているのは?」
「下位精霊……らしい。実はよくわからないんだ」
精霊に上位とか下位とかの段階があることも、ラーズさんから聞いただけで、俺には明確な違いはよく分からない。
「後天的に目覚めた精霊使いは感覚がなかなか追いつかないのよ。だけど大丈夫、一度でも見ると何となくわかるようになるから。覚えがあるでしょ?」
「……あります」
そもそも、精霊魔法をちゃんと使えるようになるきっかけが、ラーズさんに光の精霊を見せて貰ったことだった。
「つまり、火の中位精霊を先輩に見て貰えばいいってことですね?」
「そして、実はサズ君は既に中位精霊を見たことがあります」
「……え? 覚えが無いんですけれど」
「前にラーズに氷の精霊を用意して貰ったでしょ? あれ、中位精霊だよ」
かつて、ピーメイ村で魔物騒動が起きたときに現れた中枢の魔物、クラウンリザード。それを討伐するため、ラーズさんに氷の精霊を用意して貰った。
たしかに凄い威力だったけど、まさか中位精霊を使っていたなんて。まるで気づかなかった。
「ラーズからの手紙に書いてあったよ。扱いやすく調整したけど、氷の中位精霊を用意したって。だから、既にサズ君は中位精霊を使えるはずなのです」
そう言ってエトワさんはどこからか大量の手紙を取り出した。差出人は全部同じ名前、ラーズさんだ。結構頻繁な上に詳しいやり取りをしていらっしゃる……。
「あの、初耳なんですが……」
「説明してないからね、あの子。多分、自然と強い精霊を見つけて使えるようになると思ってたんだろうけど。サズ君、意外と精霊使いの修行はしてないみたいだし」
「なるほど。つまり、先輩が修行して精霊使いとしての腕を磨くってことですね!」
なぜか興奮気味のイーファ。最近聞いたんだけど、ドロドロした恋愛劇以外にも冒険者ものも好きだっていってたな。そういう作品には特訓は付きものだ。
「特訓方法は簡単だよ。私が火の中位精霊を呼び出すからサズ君はそれを見る。それから、意識して火の中位精霊を呼び出すようにする。さらに、火力の調節を覚える」
「調節、難しいんですよね」
俺が火の精霊を積極的に使わなかった理由がそれだ。どうも、火の精霊は激しく燃えたがる性質があるようだ。村にいる時試したらいきなり大きな火の玉になって慌てて消したことがある。
「うん。火は強力だけど、危険な力だからね。扱うなら、上手く付き合わなきゃいけない。使いこなせれば、中位精霊でその辺の生木をあっという間に炭にできるよ」
「先輩ならきっと大丈夫です! ……だと思います!」
イーファが言い直した。さすがにちょっと心配になったらしい。
「やってみましょう。地道に練習するのは嫌いじゃないですから」
そう、地道に積み重ねるのは嫌じゃない。『発見者』はまさにそれで力を発揮する神痕だ。それに、元々冒険者としての俺はそういうタイプだ。
○○○
エトワさんの家の外は夜でもうっすら明るい。なんでも真っ暗だと怖いから、こうしてるらしい。
そして、家に隣接した林の中でイーファが木々を景気良く切り倒していた。
「はいっ! これでおしまいです!」
「お疲れ様、イーファちゃん。凄いわね、これで沢山の手頃な丸太が手に入ったわ」
イーファの活躍で切り倒された木は、そのまま流れるように丸太に加工されていく。俺が手伝う隙がない。あっという間の上半身くらいの長さの丸太の山ができた。
「これは的に使う。私の家のあたりは空気が循環してるから煙や火事は気にしなくていい。そして……」
どこかから杖を出したエトワさんが滑らかな発音で呪文を唱えると、空中にこぶし大の丸い炎の塊が浮かび上がった。
火の粉を散らしながら、エトワさんの周囲を跳ね回るような元気な炎。ゆらめきも輝きも、普通の火じゃない。
「火の中位精霊ですか」
「そう。『発見者』たるサズ君は一度見た精霊は呼び出せるようになってるはず。もちろん、条件はあるけどね。この子を呼び出すには火が必要」
言いながらどこからか松明を出すと、中位精霊に点火させて見せた。
「イーファちゃん、この松明持っててね。火種は必要だから」
「はい。他にお手伝いできることがあれば、言ってください」
「とりあえずはサズ君次第かな。イーファちゃん、疲れたら家の中で休んでいいからね」
わかりました、という元気な返事を俺はどこか遠くの出来事のように眺めていた。
視線の先にあるのはエトワさんが呼び出した火の中位精霊だ。
俺は既に氷の中位精霊を使えている……あの時は必死だったから、全然実感がないけど。だから、やってやれないはずはない。
精霊そのものは既に見た。だから、呼び出して扱えるはずだ。
「火の精霊よ、俺に力を貸してくれ。それも、より強い火の力を」
言葉に応えるように、イーファの松明から炎が飛び出て踊った。
空中に、エトワさんが呼び出したのと同等の精霊が現れる。
よし、呼び出しはうまくいった。
「うん。上出来。あとは扱いを覚えなさい。頑張ってね」
そう言うと、王都の魔女は自分の家に戻っていった。なんでも、明日も早いから眠るらしい。健康的な生活を大切にしているそうだ。
「イーファ、とりあえず一本、的を用意してくれないか?」
「はい。どうぞ!」
松明をもったままのイーファが片手で太めの丸太を立てる。
「……あの丸太を焼き尽くしてくれ!」
火の中位精霊は即座に答えた。
目の前の炎の塊が燃え上がり、一直線に丸太に直撃。
俺と丸太の間の地面も含めて、豪快に燃え上がらせた。
切り倒されたばかりの作りたての丸太は信じられないくらいよく燃えている。
「せ、先輩、大丈夫ですか!」
慌てて駆け寄ってきたイーファに頷きつつ、自分の生み出した惨状を見る。
「大丈夫。しかしこれは、思った以上だな」
俺と目標までの間にあった草原が跡形も無く灰になっていた。丸太の方も同様だ、炭を通り越して崩れ落ちている。燃える時間すら一瞬だった。
それに火の中位精霊も消えている。命令を果たすため、一直線に突っ込んで燃え上がったらしい。
この燃やし方は駄目だな。疲労感もある。魔力の消耗が激しい。
精霊魔法は使い手次第で様々な力を発揮する。どれだけ精霊の特性を掴んでいるかで、戦い方に大きく幅がでる魔法だ。
自分なりに上手い使い方を見つけないといけない。でないと、仲間まで燃やしかねない。
「これは少し、時間がかかりそうだな」
ギルドに説明して、日中もここで練習する必要がありそうだ。
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