第69話:休日に出会う者
発見された四階の中枢に対して西部ギルド攻略支部は、とりあえず様子見を決めた。
現状、四階から取れる鉱石類の収益のおかげで、これまでの赤字を取り戻しつつあること。評判を聞いた冒険者達が集まり戦力が整いつつある途上であること。見つかった中枢がゴーレム型という手強い魔物だったこと。
これらを理由に、遠くから観察しつつ、四階で収益を上げるという消極的攻略の方針を決定した。
理屈としては通っているので、反対はなく、ギルドの業務は少し落ち着きを見せた。現れる魔物や採取品の情報が出揃うと、冒険者にとっても攻略というより日常的な業務のような感じになる。
俺の方も仕事が少し減ってきたこともあり、ちょうど良いので休みを取るように言われた。
そんなわけで、今日はあてもなく王都の公園を散歩することにした。
西部支部から王都中央よりにある、大きめの場所だ。ここに来た理由は特にない。強いていえば、休日の過ごし方がわからなくて困って出掛けたら、到着した感じだ。
色々揃っている王都なのに、どうにも時間を持て余してしまっている。ピーメイ村なら、迷わず温泉の王のところに行くんだけど、王都には温泉がない。
思い出す、自然豊かな山奥でゆったり温泉に浸かった日々を。体の芯まで伝わるお湯の熱さが、全身の疲れを取り払っていくかのような心地よさを提供してくれた。
風呂上がりには温泉の王の家で静かに過ごす。今思うと、悪くない日常だった。
こんなことを考えるあたり、俺は都会よりも田舎の方が合ってるのかもしれない。それと、温泉はかなり気に入ったので、そのうちピーメイ村以外の場所を巡りたいな。
こんなこと、左遷されなかったら気づきもしなかった。
よく整備された公園内を歩きながら、自分の新しい側面を発見していたところ、珍しいものが目に入った。
「こんなところで寝てると危ないですよ、エトワさん」
「むぁ……はっ! え、サズ君!? どうして? 気配隠しの魔法使ってるのに! あっ、そうか、『発見者』か! 凄いわっ、褒めてあげちゃう!」
木陰の芝生の上でだらしなく寝ていたエトワさんに声をかけたら、慌てて起きつつ色々と教えてくれた。どうやら、俺以外には発見できない感じだったらしい。
いくら王都の魔女だからって、こんなにも堂々と昼寝していて良いんだろうか。いや、それよりも気になる点がある。
「あの、エトワさん、体大丈夫ですか? なんか、凄い疲れてますけど」
「あの馬鹿大臣にこき使われてるのよ。気をつけてね、サズ君、あいつ使えると思ったら容赦ないから。朝から晩まで王都中を駆け回って政争相手のこと調べたり、貴族のこと調べたり……色々やったり」
最後の「色々」が気になるけれど、聞かない方が良さそうなので指摘しないことにした。情報収集以上のことしてるよな、これ。
「いやー、恥ずかしいとこ見せちゃったわね。ラーズからも怒られてたんだよね、普段着てる服がそれなんだから、日向ぼっこは控えなさいって」
「いつもやってるんですか?」
「そう。公園で平和な家族連れが遊んでるところとか見てると元気が出るのよ」
めちゃくちゃ平和的な理由で元気を出す人だな。
「なんだか、魔女ってもっと怖い人だと思ってたんですけど」
「怖いやつは怖いのよー。でもそういうのは狩られちゃうから少ないの。そもそも大人しくないと都会の生活楽しめないじゃない」
そう言いながらエトワさんはさりげなく俺にアクセサリーを見せびらかした。この前よりも小物が増えている。スカートが短かったり、派手な色の服を着たり、そういう格好が好きな女性にしか見えない。
「都会、好きなんですね」
「だって便利だもん。ラーズにもお勧めしてるんだけど、あの子は人混み苦手だからなかなか来てくれないのよね。今度、サズ君とイーファちゃんで連れてきてよ」
「善処します。えっと、それじゃ、これで……」
「待った。ここで会ったのも何かの縁よ。甘いものでも食べながら、サズ君の最近の事情を聞きましょう。ラーズに力になってくれって頼まれてるんだから」
そんな感じで、立ち上がったエトワさんに手を引かれ、公園の中心部に連れ出されたのだった。
国が管理する大きめの公園のいくつかには、飲食用の施設を備えている場合がある。ここでは、とても甘いクレープが最近話題になっており、そもそもエトワさんはそれを目当てにやってきていたそうだ。
「うーん。やっぱり甘いものは格別ね。これこそ、文明のある場所にいる最大の利点って感じ」
クリームやジャムが大量に入ったクレープを五つ連続で食べた上で、砂糖をたっぷり入れた紅茶を飲みながら、ご満悦だ。
ちなみに俺は一つ食べただけで胸焼けしてきた。マテウス室長の淹れる苦いお茶が欲しい。
「たしかに、こういうのは山奥で食べるのは難しいですね」
「うんうん。さて、休日をいい感じに過ごしてる人々を見て、甘いもの食べて元気になったことだし。サズ君の最近の仕事を教えてもらおうかな。必要なら手助けしてあげるわ」
「手助けは有り難いですが、忙しいのでは?」
「なんとかするわよ。それに、見つけてくれた相手を助けるのが王都の魔女。サズ君はきっちり条件果たしたんだから遠慮はなしよ」
どうも、いつの間にか俺はエトワさんに手助けしてもらえる条件を満たしていたらしい。それならばと、早速ここ最近の攻略状況について、順番に説明をしてみた。
「ふむふむ。鉱物系のダンジョンで中枢ね。それで、下の階にさらに潜るの?」
「おそらく、近いうちに中枢攻略が始まると思います。王都のすぐそばのダンジョンですし、利益も見込めそうですから」
一般的に奥深くに潜るほど、ダンジョンの収益性は上がる。赤字をどうにかしたいヒンナルと、王都近くのダンジョンはいつでも攻略可能な状態にしたいギルドの意向は噛み合うはずだ。
「それで、中枢はゴーレムか。ちょい厄介よねー。もっと詳しい情報ないの?」
「いえ、まだです。ギルドとしても収益優先で、観察に留めていますんで」
「じゃ、何か困ったら私の家に来てね。いなかったら手紙を置いといてくれればいいからさ」
この日の天気を連想させるような、晴れやかな笑顔でエトワさんが言った。
「そうそう、世界樹とダンジョンの関係だけど、そっちも何かわかったら教えてね。オルジフの奴が気にしてたから」
色々と文句を言いつつも、実に面倒見の良いことを付け加えられた。オルジフ大臣が気にしている、それは心に留めておこう。
「さて、サズ君。次はどこに行こっか?」
「はい?」
「今日休みなんでしょ? お姉さん、オルジフから報酬沢山もらって使い道探してるから、色々食べ歩きしない?」
「まだ、食べるんですか?」
「魔法を使うと消耗が激しいから、お腹が空くのよ。神痕持ちってそういうところ、あるでしょ?」
「いや、俺はあんまりないですね」
「いいなぁ、燃費がいい『発見者』。ともあれ、他に用があるなら仕方ないかぁ」
ガックリと、テーブルを頭に落として本気で落ち込むエトワさん。
それを見ると、「ではこれで」と言い辛い。実際、今日は休みで予定もない。
「俺はあんまり食べれませんけど。それで良ければ」
「やった! 色々とラーズの話も聞かせてね!」
その後、エトワさんの食べ歩きに付き合った俺は、帰りに胃薬を買った。
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