第67話:四階攻略中の人々

 王都西部ダンジョン攻略支部は人手が足りない。ピーメイ村から調査という仕事を与えられている俺だが、普通に受付に立つことも多い。

 この日もまた、忙しい時間帯に受付業務に入ることになった。


「よお、兄ちゃん、ここのダンジョンは最近儲かるって聞いてるんだが?」


 目の前に居るのは、いかにも歴戦といった様子の見た目のごつごつした、大柄な冒険者だ。

 俺はすぐに書類を出して説明を始める。


「攻略中の四階で鉱石類が発見されています。金とか宝石ではないんですが、王都近くで産出するのもあって、需要が大きいんですよ」


 書類に書かれているのは、魔物の一覧と採取品のリスト。それと、新規の冒険者受け入れ用の用紙だ。


「悪かねぇな。街も近いから色々と融通もきくし、稼がせて貰うぜ」


 書類を流し見て、慣れた手つきでサインをしながら男が言った。

 体格もいいし、持ち込んだ武器は戦鎚。それと剣。後ろに控えた仲間も含めていかにも熟練らしいパーティーだ。見たところ、槌は遺産装備だな。結構活躍してくれるかも知れない。


「四階は神痕持ちを推奨しているんですが、その様子だと問題なさそうですね。硬めの相手が多いですが、数は少ないようです」

「兄ちゃんも結構やるみたいだな。元冒険者だろ? なんとなくわかるぜ。俺達のことをよく見てるし、臨時で冒険者になる職員がいるって聞いてるしな」


 まいった、俺の方も観察されていたらしい。


「この前まで人手不足でしたから、臨時で復帰しているだけなんですよ」

「そういうことにしておくぜ。俺達の稼ぎが無くなっちまうと困るからな」


 にこやかに書類に記入を終えると男は仲間達と去って行った。

 とりあえず、これでひと段落だ。結構忙しいな。四階攻略開始後、冒険者が増えつつある。

 今日はイーファはいない。リナリーに付き合っているためだ。わかっていたけれど、ギルド運営的には痛手だ。いや、彼女にとってはどちらも良い経験になるからいいんだが。


「お疲れ様、サズ君。悪いわね、受付までさせちゃって」


 そういって書類を持ってきたのはコレットさんだ。こちらも忙しそうで、事務所内の動きに常に目を光らせている。今、ようやく遅い休憩が終わったところだ。


「いえ、受付に顔を出しておくのも大事なことですから。それ、昨日の報告書ですか?」

「そう。休憩おわったからね。サズ君はこれを読んで自分の仕事をしてちょうだい」


 大量の書類を渡されて、俺はコレットさんと受付を交代した。『発見者』である俺にとって、報告書を読むことはとても大切な仕事だ。上手くすればダンジョン攻略の糸口をつかめるかも知れないのだから。

 自分の席に戻る途中、ふと、空になっているヒンナルの机が目に入った。


「ヒンナルさん、ご機嫌な感じでしたね」

「ここの景気が良くなってるからでしょ。それに最近、コネが通りやすくなってるみたい。自由にできるから、どんどん要望だせって言ってきたわよ」


 当初は下手を打っていたヒンナルだけど、色々と経験したからか、最近は事務所内で広く意見を求めるようになっていた。

 コネが使いやすくなったのは大臣が手を回してるからなんだろう。きっと、駄目そうならヒンナルを切ればいい程度の感覚で、この支部の情報も集めてるはずだ……。


「どうしたの、サズ君。難しい顔して」

「いえ。もし機会があれば、『癒やし手』の手配をお願いしてもらえますか?」

「了解。ルギッタちゃんを戦力に回したいものね」


 俺の意図を汲んでくれたコレットさんから明るい声が返ってきた。ダンジョンに深く潜るほど危険は増す。ヒンナルの置かれた状況はともかく、使えるものは使わせてもらおう。上手くいけば彼にとっても悪い話じゃない。

 ヒンナルといえば、もうひとつ気になることがあった。


「そういえばヒンナルさん。若い冒険者と仲が良いんですね。意外でした」

「苦労を共にした仲ってやつみたいよ。あの子達、素直で良い子だから、その影響もあって、ちょっと変わったのかもね」

「そうですか。それは良いことですけど、心配なことでもありますね……」


 俺の言葉に、コレットさんは無言で頷いた。

 ヒンナルの友人である冒険者達は神痕を持っていないのに、四階で探索をしている。収入を考えれば、わかる話だ。なにより、神痕を得るのはダンジョン深くで危機的状況に陥った場合が多いというのもある。

 命がけではあるが、神痕があるかどうかで人生が決まる冒険者としては珍しくない選択ではある。

 ギルドの見立てでは、四階は神痕未所持で入れるギリギリの所。

 ヒンナルはともかく、若い冒険者達には無事でいてほしい。

 もちろん、リナリーに連れ回されているイーファもだ。


○○○

 

 王都中心付近にある資料室を訪れると、なんだかとても久しぶりな気がした。

 ちょっと前まで毎日来ていたのに、仕事の内容が大きく変わったからか、不思議な感慨がある。

 入ったら出迎えてくれたのは、見覚えのない女性職員だった。


「はじめまして。サズさん、室長からお話は聞いております。今日はどのようなご用件で?」


 遠慮がちな態度で話す女性は名乗らずに早速要件に入った。大臣からの指示で戻った職員だろう。手元の汚れを見るに、ひたすら机仕事をしてるみたいだ。


「攻略中のダンジョンで気になることがありまして。似たような事例がないか調べて貰えないかなと。鉱物が多い人工物風と植物系のダンジョンが混ざっているみたいなんですよ」


 言いながら資料を渡すと、女性は目つきを変えて、その場で内容に目を走らせ始めた。


「なるほど、確かに。普通、人工物風のダンジョンというのは、石造りの建物のような景色になります。植物系の魔物や特徴はまず現れません。……世界樹との関連を疑っているんですね?」

  

 さすが情報室、ちゃんと話が通ってるらしい。


「もしかしたら、ですが。三階の階段前で遭遇した危険個体も植物系でした。でも、それまでダンジョンで確認されていた危険個体は鉱物系だったんで」


 ダンジョンというのは基本的に一貫した特徴を持つ。かつての世界樹は自然系ダンジョンの中に村ができていたりもしたが、西部ダンジョンくらいの規模だとまずあり得ない。


 そこで以前、ピーメイ村に住む魔女のラーズさんが、二つのダンジョンが影響し合うということを口にしていたのを思い出した。

 もしかしたら、既存のダンジョンと世界樹の根が混ざっているのかもしれない。

 根拠はないけど、今ならここで調べてもらえる。


「承知しました。結果が出次第、ご報告します」

「ありがとうございます。そうだ、西部支部に資料を残してくれた方にお礼を伝えてください。助かりました」

「……はい。それは確実に」


 一瞬、動きを止めてから頷かれた。


「ところで室長はどちらに?」

「王都の魔女と一緒の仕事に巻き込まれているみたいです。昔からの知り合いなんで、たまに連れ回されるんですよ」


 どうやら、こちらはこちらで忙しいようだ。

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