第66話:リナリーのお願い
「それでね、イーファをダンジョン攻略に加えたいんだけど。むぐむぐ」
「俺に言われても困るんだが。そもそも、イーファは了承してるのか? あと、ちゃんとよく噛んで食べるんだぞ」
目の前で大量の食事を食べるリナリーに呆れつつ、俺は食後のお茶を口にした。
ここは攻略支部からちょっと離れたところにある、町の食堂。量が多いのでちょっと有名なところだ。
今、俺が座るテーブルには、リナリーの他にイーファとコレットさんがいる。
昼前、リナリーに急に呼び出されたと思ったら、イーファのことだったという状況だ。
「サズも知ってるでしょ。ダンジョン四階、敵が硬いのが多いのよ。だから、ここは破壊力のある冒険者に協力して欲しいってことよ」
「確かにイーファは冒険者でもあるけど、本業はギルド職員なんだけどな……」
横に座って真剣な顔をしているイーファを見る。リナリーと同じくまだ食事中だ。食べる量は負けてない。彼女は日々、受付としての仕事をしっかりやっている。村と違う業務にようやく慣れてきたところだ。
「基本は職員の仕事でいいのよ。あたしがダンジョンに潜る時に同行して欲しいの。せっかく訓練してるムエイ流を実戦で使えるし、悪くない話だと思うけれど? コレットさんからはサズがいいと言うなら問題ないって言われてるしね」
既に話が通されていた。根回しとは周到な……。
困ってイーファとコレットさんを見ると、二人も困ったような笑みを浮かべた。断れなかったんだろう。仲が良いのは良いことだから、何も言えない。
このまま沈黙するかと思ったら、コレットさんが口を開いた。
「攻略が進んで冒険者は増加傾向だけど、今なら何とかなります。イーファさんについては、付き合いが長いサズ君に判断を任せた方がいいと思ったの。所属も一応、ピーメイ村のままだしね」
コレットさんは西部ダンジョン攻略支部の事務員の代表だ。なのでこの場合、俺に判断を委ねられたということになる。
正直、悩ましい。これを許可すると俺はイーファと同行せず、職員の仕事をするという状態になる。彼女も色々経験を積んでいるとはいえ、ちょっと心配だ。
「イーファはどうなんだ? 事務員の仕事と平行になってしまうんだけど」
「むぐっ。ちょっと大変そうだけど、やってみたいと思います。都会の仕事も大事ですけど、リナリーさんにムエイ流を教わって、実戦で試すのも、貴重な機会ですからっ」
肉料理を慌てて飲み込みながら、元気でやる気十分な返事が返ってきた。
仕事が増えてきてやりがいを感じてるんだろうか。物凄く前向きだな。
「リナリー、何を言ってイーファをそそのかしたんだ?」
「失礼ね。四階の敵相手ならイーファが大活躍できるって力説しただけよ」
そそのかしてるじゃないか。
そんな気持ちが表情に出ていたのか、リナリーがこちらを諭すように語り始める。
「サズ、後輩を一人で行かせるのが心配なのはわかるけど、イーファは十分強いわよ。それに、あたしも一緒なのよ。信用できないの?」
非常にずるい言い方である。
リナリーは俺の知る範囲で、最上位の冒険者だ。剣の腕だけじゃない、探索についても慣れており、なにより無理をしない。
俺はギルドに提出されている報告書を思い出しつつ、少し考えた。
「……四階はまだ下へ降りる階段が見つかっていない。けど、俺の見立てでは、だいぶ探索が進んでいて、現れる魔物も殆ど出揃ってるはずだ。もし、未知の場所を発見したら一度撤退、その後検討してから探索してくれ」
「つまり、どんどん進むなってことね。いつも通りじゃない」
リナリーが嬉しそうに笑いながら言った。許可が出たと判断したイーファも笑顔になり、お互い頷きあっている。
この二人、一緒に出掛けてから随分と仲良くなったな。どんな話をしたんだろうか。いや、気にするのも野暮かな。
「じゃあ、そういうことで話を通しておくわね。イーファさん、訓練が必要なら申請してね。融通きかせるから」
「そうだ、訓練くらいなら俺も付き合うよ」
「ありがとうございます! でも、せっかくだからリナリーさんにムエイ流を沢山教わりたいと思います!」
俺の何気ない申し出は、悪意なく断られた。ちょっと落ち込むな。しかも、横でリナリーが勝ち誇ってるし。イーファが独り立ちを始めた、そう理解して素直に喜ぼう。
「よし。話は済んだわね。じゃあ、私はデザート食べさせて貰うわ」
話は終わりとばかりに、コレットさんが大量のデザートを頼み始めた。とんでもない量がテーブル上に並んだんだけど、しっかり食べきった。
地味に神痕持ちでもないのに沢山食べたコレットさんが、ちょっと心配になった。ストレスが溜っているんだろうか。
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