第65話:イーファとリナリー

 王都はとても賑やかです。どこまで行っても建物ばかりですし、通りには人がいっぱい。市場もそこらじゅうにあります。まだ行ったことはないですが王城の近くに行くほど古かったり立派な街並みになっていくそうです。

 この前まで通っていた資料室は中心近くだったので、それを十分に味わえました。私の人生で見た中で一番の人並みと建物、綺麗に舗装された道を歩く日々はとても新鮮でした。


 サズ先輩の活躍で、それも終わり、通う先が西部ダンジョン攻略支部に変わりました。中心近くに比べると静かですが、私から見れば十分都会です。ダンジョン周辺は村って感じで、ちょっと懐かしい気持ちになりますけれど。


 お仕事が資料の精査から、ダンジョン攻略のお手伝いに変わって、私は少しほっとしました。正直、資料室の仕事というのは荷が重いと思いました。良い経験です。


 今はギルドの窓口で、ダンジョン攻略に挑む冒険者さん相手のやり取りです。なんだか、ようやく本業に戻った気分です。


 そう、ようやく本業なはずなんですが、今日も私は攻略支部の近くに設けられた訓練場にいます。


「よし、結構いい感じなってきたわよ。イーファ」

「はいっ、ありがとうございます!」


 目の前には練習用の剣を持ったリナリーさん。私の方も、練習のために特別に作ってもらった斧を握っています。

 息切れこそしていませんが、全身にかなり汗をかいていますが、リナリーさんは涼しい顔です。どれだけ私が切り込んでも涼しい顔で受け流して、いつの間にか首筋に剣がある、を繰り返すとこうなります。


「やっぱりリナリーさんは強いですね。全然かないません」

「そんなことないわよ。これが実戦でイーファが神痕を全力で使えば、かなり違うはずよ」

「ムエイ流の動きが早すぎて捉えられる気がしませんよ」

「そのうち慣れるわよ。あたしがちゃんと教えるから。でもまあ、王国式は直線的な感じだから、体が動くようになるまで少しかかるかもね」


 綺麗なタオルを私に投げながらリナリーさんは笑顔で言います。

 攻略支部での私のお仕事、その中にリナリーさんとの訓練があります。サズ先輩とも相談して、私はムエイ流を教わることにしました。

 あの、物語の主人公みたいな華麗な剣捌きに感動して憧れたというのもありますが、神痕を持つ人向けの流派を習得した方が良いという結論になりました。

 正直、ちょっと嬉しいです。どうせなら、私もかっこよく戦えるようになりたいので。


「ピーメイ村では先輩も王国式の戦い方で訓練してました。最初からムエイ流じゃ駄目だったんでしょうか?」

「あいつのムエイ流は防御の型なのよ。神痕の身体強化があんまりないでしょ? だから、受け流しとかに特化してるの。多分、あなたに教えるには向いてないと思ったんじゃないかしら。それと、王国式は万人向けだから知っていて損はないもの」

「なるほど……」


 さすがは先輩です、ちゃんと考えてます。

 私は兼業で冒険者もしますから、こうして強い人に訓練してもらうのは有り難いです。そして、いつか華麗に戦えるようになりたいです。


「ムエイ流は剣の流派みたいに思われているけれど、鍛えればちゃんと大物も使えるようになるわ。ピーメイ村に戻るまでにきっちり教えてあげるからね」

「はいっ。よろしくお願いしますっ」


 リナリーさんは優しくて親切です。どうもサズ先輩と話してる時だけちょっと雑になるみたいで、この前はルギッタさんがそれを見て笑っていました。複雑な関係みたいです。


「それはそれとして、今日はこの後、予定通り出かけるわよ!」

「はい! よろしくお願いします!」


 物凄く晴れやかな笑顔で言われたので、私もなんだか嬉しくなってそう返しました。


 今日は休日で、リナリーさんと買い物に行くのです。


○○○


 王都には沢山のお店があります。それはそれは沢山です。人が多い立派な街とはそんなものです。

 リナリーさんが休日に私とお出かけすることを提案してくれたのは、いつもサズ先輩にくっついて観光していると話したからでした。

 「サズと一緒じゃ、女の子向けのお店とか入れないでしょ」と言われ、先輩も納得して、こうしてお出かけすることになったのでした。


 先輩は「ルギッタの方がいいんじゃないか? いきなり武器屋とかに連れて行きそうだ」と心配してましたが、リナリーさんとの街歩きは楽しいものでした。


 仕事用の服から普段着に着替えて、私達は服やアクセサリの店を次々に巡りました。途中で市場を見かけたら露店をひやかしてみたり、ちょっと冒険者向けの店に入ってみたり、気ままな買い物です。


 新品の服は高いので、気に入った古着を買ってみたりと村ではできない経験を積んでしまいました。お金、貯めておいて良かったです。


 王都西部の賑やかな通りを一通り回って夕方になった頃、リナリーさんは良く行くという食堂に案内してくれました。店の隅に設けられた個室風に仕切られたテーブルで夕食です。


「ここ、安くて美味しくて量が多いから良く来るのよ。イーファも利用するといいわ。神痕使うとお腹空くでしょ?」

「やっぱりリナリーさんもなんですね。神痕を使った日はなんだか沢山食べちゃいますよね」


 そう話す私達のテーブルの上には沢山の料理が並んでいます。王都は海に面している関係で、山の幸と海の幸の両方が味わえます。目の前には牛肉やら揚げたお魚やら色んな料理が乗っていたお皿が並んでいます。


 訓練の後、沢山歩いて疲れたので、私達は沢山食べたのでした。


「ありがとうございます。おかげで、村では見れないものがいっぱい見れました」

「いいのよいいのよ。サズと一緒だと、こういう買い物できないでしょ? ……コレットさんにお店聞いといて正解だったわ」

「?」


 小声で何か言ってますが、良く聞こえませんでした。ちょっと安心した様子なんで、リナリーさんも緊張してたとかあるんでしょうか?


「しかし、二人が来てくれて助かったわ。ダンジョン攻略は進むし、戦力としても申し分ないし」

 

 にこやかに言いながら、リナリーさんはワイングラスをテーブルに置きました。水で割って薄めたやつですけど、もう三杯目です。肌に赤みがさして、ご機嫌です。


「いえ、私なんてまだまだです」

「そんなことないわよ。イーファは十分に強いわ。『光明一閃』に誘いたいくらいね」

「そ、それは言い過ぎですよ。私はまだまだです」


 ギルド職員としても、冒険者としても半人前です。


「そうかなぁ、結構冒険者も向いてると思うけれど」


 冒険者に向いている、その言葉で思いつくことがありました。


「あの、サズ先輩が冒険者を辞めた時の事件てどんなだったんですか?」


 それを聞くと、リナリーさんは軽く眉をひそめました。


「あいつに聞いてないの? 意外ね」

「なんだか聞きにくくて。結構大きな事件みたいですし」


 サズ先輩が冒険者を一度引退した事件は「ダンジョン崩壊事件」として記録されています。ちょっと気になる内容なのですが、あまり楽しくない話題なので触れないようにしていたのです。


「それもそっか。あの時攻略していたダンジョンは中枢が凄いやつでね。放っておくとダンジョンから魔物が溢れる可能性があったの。そこで、当時いた冒険者が総力戦で討伐に向かった」


 空のワイングラスを見つめながら、そこに当時の光景を見ているかのようにリナリーさんは語ります。


「ギルドの予想だと、装備を整えた冒険者で対処できるはずだった。でも、それが外れてね。中枢と大量の取り巻きにあたし達は押されて、全滅しかかった。このままだと、ダンジョンから魔物が溢れるってね」


 淡々とした語り口が、逆に真に迫っています。


「それ、どうやって切り抜けたんですか?」

「サズのおかげよ。いきなり「そこを斬るんだ!」って、中枢がいた場所を指差してね。なんでもない地面を斬ったら、ダンジョンが崩壊したの」


 不思議な話です。通常、ダンジョンの崩壊は中枢を倒した後に、ゆっくりと始まります。 世界樹なんかは規模が大きいから十年以上かけて崩壊して、今も名残があるくらいです。


「それは、なにが起きたんでしょうか?」

「わからないわ。ただ、あの時のサズはいつもと違った。神痕の力がすごく出てる時って、武器が光ることあるでしょう。あれが全身に見えた。それと、目の色がいつもと違ってたわ」

「先輩は『発見者』の力で何かを見つけたってことですね。ダンジョンを崩壊させる弱点みたいのを」

「多分ね。今となっては再現しようがないし、ギルドの記録にも残ってないと思うわ。混乱してたから。その後、命からがら抜け出したあたし達は大なり小なり怪我してて、サズの神痕は殆ど力を失ってた」

「そういうことがあったんですね。ありがとうございます。少し、すっきりしました」


 いいのよ、と答えてリナリーさんは追加のワインを注文しました。今日は何杯飲むつもりなんでしょう。


「イーファ、できたらなんだけれど、あいつのこと助けてあげてね。あんまり強くないのに、凄い無茶することがあるから」


 新しく来たワイングラスを傾けながら、リナリーさんは少し寂しそうな目をしながら、まるで自分に向けて呟くように、そう言ったのでした。


「もちろんです。でも、助けられてるのは私ですけれどね」


 そう返すと、満足そうな笑みが帰ってきました。


「サズの後輩があなたで本当によかったわ」


 その後、追加で飲みまくったリナリーさんはしっかり酔い潰れ。私はそれを背負って帰ったのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る