第64話:四階開放

 来たばかりの頃より、ダンジョン前の村に活気が出た。

 新階層への進出の影響だ。これまで毎日同じ階層でいまひとつな収入を得ていた冒険者達が喜び勇んで攻略を始めている。


 心なしか、支部周辺の店をやっている人々の表情も明るい。ここのダンジョン攻略に合わせて一稼ぎしよって人達なんだから、当然か。


 そんな攻略村の様子を確認した後、俺は西部ダンジョン支部の横にある建物に入った。

 周囲の木造即席な感じの建物と違い、支部と同じ石造りの頑丈な作り。中に入るとしっかりと整えられた内装に、清潔なベッドや机が並ぶのが目に入った。

 ここは攻略途中に作られたという治療施設だ。新しいダンジョンだと、それなりの規模じゃないとこう言ったものは作られないんだけど、危険個体の出現で負傷者が続出した時期に、倉庫を改装して急遽、用意されたらしい。


「いらっしゃいませ。あら、サズさん。どうかしたんですか?」

「ちょっと仕事と雑談に。ルギッタの調子はどう?」


 俺の前に座っているのは、少しふくよかな外見をした女性だった。ゆったりした感じの着やすそうな服を着ていて。細い眉と丸くてつぶらな瞳が特徴だ。背中にぎりぎり届くくらいの焦茶の髪を今日は頭の後ろでまとめている。彼女の髪型の種類の中で一番見かけるやつだ。


 この女性の名前はルギッタ。冒険者パーティー『光明一閃』の一員で、昔の仲間だ。しかも『癒やし手』の神痕を持つ、貴重な冒険者でもある。

 最初はリナリーと一緒にダンジョン攻略をしていたんだけど、途中から人手不足でここで傷ついた冒険者を癒やす仕事を任せられている。他から『癒やし手』持ちの人を派遣できなかったので、緊急の措置らしい。

 幸い、ダンジョンに出現する魔物はリナリーが他の冒険者と組めば問題ない程度の脅威だったので、ルギッタは今もここで仕事をしている。

 穏やかな性格の彼女を知っていると、最前線で戦うよりも、ここで治療をしている姿の方が似合っているので納得してしまう。


「私の方は元気ですよ。新しい階層に入って怪我人が増えていますが、危険個体との遭遇もないからか、重症者は出ていません」


 室内を見渡すと、ベッドに寝ている負傷者はいない。確かにそうみたいだ。

 椅子を勧められたのでそこに座って、少し長めに話すことする。世間話もしたいし、なによりここは冒険者達の情報が入ってくる重要な場所の一つだ。

 治療をしてくれる相手には、冒険者はギルド職員相手には話さない情報の一つや二つくらい漏らすことがある。ルギッタがここにいてくれたのは、俺にとっては幸いだった。


「今のところ攻略は安定と考えて良さそうだ。ダンジョンの様子がちょっと変わってるって聞くけど?」

「はい。人工物と植物が混ざった感じらしいですね」


 ルギッタも俺の目的はよくわかっていて、しばらくの間、俺達は双方の情報交換をした。

 

「今更ですけど、サズさんはやっぱり凄いですね。来てすぐにダンジョンの攻略を進めちゃうなんて。結構な評判ですよ」


 いつしか話題は世間話、特にここ最近のことになっていた。


「いや、あれは資料室の残していってくれた情報が良かったんだよ。それがなかったら、もう少し時間がかかってたと思う」


 俺が来る前に情報が出揃ってたようなものだったな、あれは。


「そんなことないですよー、リナリーだってサズさんの事褒めてたんですよ。飲みながら」

「あいつが俺のことを褒める何てあるのか?」

「……これはリナリーの態度に問題ありですねぇ」


 何やらルギッタが頷いて納得していた。冒険者時代からそれなりに付き合いのある仲間だけど、たまにこういう、俺にはよくわからないことが起きる。


「今日はこれから受付のお仕事ですか?」

「いや、西部ギルドに行くつもりだよ。色々と確認したいこともあるんで」

「相変わらず働き者ですね。お気をつけて」

「ルギッタも気をつけて。怪我人が多い時、無理して体調崩してたみたいだし」

「ほんと、こういうところはしっかりしてて、偉いんですよねぇ」


 そう褒められた後、俺は治療所を後にした。


○○○


 王都西部ギルド。俺の左遷前の職場だ。

 中心部に比べると高級感では劣るが、新しく活気のある街の中にある少し古い建物。元々、住宅地ではなく王都の街の切目に建っていたんだけど、発展に伴ってこうなったという話だ。


 ここに来る冒険者は主に街での面倒ごとや、王都市街の外にある農村へ派遣される。現在、最外部に城壁のないこの街では色んな人や物が出入りするので問題は多い。役人や兵士と連携して、ことにあたることもある。


 春に旅立って、秋が来る前に戻って来れるとは思わなかった。

 懐かしい気持ちでドアを開くと、見慣れた景色が見えた。


 村やダンジョン前と違い、軽装な冒険者達が一瞬こちらを見る、中には俺に気づいた者もいて驚いていた。

 懐かしい顔もいたんで、話し込みたい気持ちもあるけど、今は仕事だ。


「やあやあ、サズ君。久しぶりだね。本当に良かった!」


 受付で所長をお願いしようとしたら、目当ての人物の方がやってきた。

 クライフ所長。コレットさんと同じく、冒険者上がりの俺をそれなりの職員まで育ててくれた恩人である。


「お久しぶりです。なんだか色々とありまして、戻ってきました」

「話は聞いてるよ。立ち話もなんだし、あっちに行こうか」


 そう言って、クライフ所長は商談用の部屋へと案内してくれた。


「いやぁ、本当に驚いたよ。サズ君が王都に戻ってくることを知った時もだし、いざ会おうとしたら上から圧力がかかって待ったがかかった時もね」


 部屋に入って座るなり、驚きの話をされた。


「そんなことになってたんですか。俺達も資料室に行かされたら、似たようなことを言われましたが」

「うん、まあ。相手が相手だから、何もできなかったよね」


 にこやかに笑いながら、美味しそうにお茶をすするクライフ所長。

 多分、この人は俺の事情を大体把握しているな。物凄く耳が早いし、裏で色々動くはずだ。


「だから、僕の方から手出しはできなかった。 申し訳ない。そして、自力でここまで来たサズ君は素晴らしい職員だと思うよ」

「ありがとうございます。とはいえ、俺も色々な人に助けて貰いましたからね」

「うん。それも聞いてる。イーファ君には僕も一度会ってみたいな。有望そうだ。そのうちピーメイ村にも行ってみたいね」

「良いところですよ。温泉もありますし」


 そういえば、温泉の王は元気にしているかな。あそこの温泉に入ると妙に元気になるからたまに入りたくなる。


「さて、先に仕事の話をしてしまおうか。君が知りたいのは西部ダンジョン支部の現状だね。特に、本部からの評価だ」


 仕事の顔に戻ったクライフ所長に俺は頷く。

 西部ダンジョン支部は攻略が再開されて、活気が戻ってきたけど、それはあくまで現場の話。ギルド本部の今の評価を俺は知りたい。これだけ王都に近いと、攻略に本部が口を出してくる可能性もある。それと、あのヒンナルがどう思われているかも気になるところだ。


「本部からの評価は微妙、といったところだね。特に初動でミスが多かったのがよくなかった。その後、ヒンナル君が大量の予算を注ぎ込んで設備や資材を整えたけれど、まあ、赤字だからね」

「途中で危険個体が出たりしましたけど、美味しいダンジョンではないですもんね」


 これまでの西部ダンジョンは投資に見合うだけの収益を上げられていない。危険個体からは高価な採取品が得られるが、あまり数がいなかったこともあって評価を覆すには至っていない。

 でもそれも、ちょっと前までの話だ。


「地下四階で、鉱石が産出しています。定期的に取れるなら、あるいはと思うんですが」


 既に突入しているリナリー達からの報告によると、地下四階では光る石以外の希少鉱石が見つかっている。現在、採取地として継続的に活用できるか検証中だ。


「少しだけど、前向きになる材料が出てきたね。でも、まだ弱いかな。なにぶん、赤字が大きかったから」

「ですか……」


 コレットさんの話によると、最近はそうでもないが、攻略初期のヒンナルは酷いものだったらしい。金がかかる割に効果の薄い対策を連発し、赤字の山を築いたという。どうも変にかっこつける癖があったらしい。


「でもまあ、今はヒンナル君の要請が通りやすくなってるみたいだよ。偉い人が目をつけたみたいでね」

「それは……」

「なにかあったみたいだね。サズ君が来る前に」


 オルジフ大臣か。あの人くらいの権力者だと、指先を動かすくらいのことでも、俺達に大きな援助になる。


「これは僕の予想だけど。何かあってもヒンナル君に責任を取らせるつもりじゃないかなと思う。材料は出揃ってるわけだからね」

「つまり、俺は周りを心配せずに動けるってことですね」


 クライフ所長の発言に恐ろしいものを感じつついうと、にこやかに頷かれた。

 偉くなると怖い世界が近づくな。俺には厳しそうだ。


「資料室が協力してくれている間は安心していいと思うよ。存分にやりなさい。元々、君の仕事なんだから」


 とてもにこやか、晴れやかと言えるくらいの清々しい顔をして、クライフ所長はそう言い切った。

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