第63話:リナリーの剣

 資料で見たことがある。薔薇頭の危険個体はローズヘッドと呼ばれる魔物だ。

 首から下は巧妙に隠されているけど、体でなく植物の蔓の塊が存在している。。

 見た目通り棘付きの蔓で攻撃し、地面を経由して根を使った移動妨害が特徴。生命力も強く厄介な相手だ。


「大地の精霊よ、周辺の足元を固めてくれ」


 地面に触れて精霊に頼むと、一瞬、周辺が蠢いた。これで地面の中で根を動かせないくらいの堅さになったはずだ。少しは有利に戦えるといいけど。


「よし、行くよ!」

 

 見れば既にリナリーが先行していた。


「俺達も行くぞ。蔓がいろんなところから出てくるから気をつけて」

「はいっ」


 イーファと共に、盾を構えて前に出る。

 接敵したリナリーが、ローズヘッドと交戦を始めた。無数の蔓が本体から飛び出し、鞭のようにしなって攻撃している。

 しかし、そのどれもがしっかりと切り飛ばされていく。距離があればローズヘッド有利のはずなのに、それを物ともしない戦いぶりだ。


「リナリーさん、凄いです」

「あいつの神痕は『剣技』だからな。剣さえあれば、大抵の魔物には負けない。イーファ、隙を見て一撃叩き込んでくれ」

「はい!」


 リナリーの剣は鋭く速い。同じ人間の動きとは思えないほどだ。左右どころか上下からも襲いくるローズヘッドの蔓を切り落としながら、ついに接近に成功していた。


「はあああ!」


 気合いの声と共に、リナリーの剣がローズヘッドの頭を切り裂く。しかし、浅い。大した知恵があるように見えないのに、ローズヘッドの奴は上手いこと後退して、傷を最小限に抑えた。


 しかし、攻撃手段の蔓の多くを落とされて、手負いになったのもまた事実。

 そこにすかさず、俺とイーファは踏み込んだ。


「こっちだ!」


 俺の声に反応して、新たに生み出された棘付きの蔓が高速で振るわれた。だが、一本だけなら、余裕で受け止められる。

 遺産装備の盾で受け、右手の長剣で蔓を切り付ける。残念ながら、リナリーみたいに切り落とせないが、攻撃は止まった。


 そこを逃さず、イーファが気合いの声を上げた。


「やあああ!」


 俺の後ろから飛び出して、ローズヘッドに接近。バトルアックス大のハルバードを横なぎに振り抜く。

 まるで巨木に斧を叩きつけるかのような動作は、想像通りの結果を起こした。

 ローズヘッドは体の真ん中から、両断され、胴から上が力なく地面に落ちる。


「よし、討伐!」


 すかさず、頭の薔薇部分にリナリーの剣が突き立った。トドメになったらしく、薔薇の花は急速に萎んでいく。


「これだけかしらね、あっけなかったわね」

「いや、まだだ」


 俺の視線の先、イーファに切られて残った胴体の下部分が、地面の中に消えて行く。


「本体の方に帰って行ったんだ。倒すべきはそっちだな」

「なるほど。それが部屋の主ってことね」


 今戦っていたのは部屋の入り口。門番がわりの分体が配置されていたらしい。

 ローズヘッドは本体から伸ばした蔓で分体を作成する。戦っていていきなり数が増えることもあるという。


「危険個体って、なかなか楽をさせてくれないですねぇ」

「ほんと、面倒よね。サズ、部屋に入ったらさっきみたいに地面を固めてくれる? できるだけ分体とやらを生み出せないように。」

「わかった。本体も攻撃方法は変わらないはずだ。ただ、生命力が強い」

「打たれ強いってだけなら問題ないわ。部屋の中なら、本気で戦えるもの」


 言いながら、奥の部屋に入る。

 予想通り、室内にはローズヘッドが佇んでいた。先ほどよりも大型で頭の薔薇も禍々しい印象だ。体も植物らしさを隠さず、巨木のような太さになっている。ああなると根を張って動けそうにない。


「ここのダンジョン、硬い敵ばかりで難儀してたのよね。ようやく斬りやすいのが出てきてくれて嬉しいわ」

 

 悠然とローズヘッドの前に立ち、剣を構えるリナリー。


「あのあの、一人でやる気ですか?」

「危なそうだったら、助けに入ろう。……大地の精霊よ、この部屋の地中の蔓を切ってから固めてくれ!」


 俺の意思に精霊は答えてくれた。地面、壁、天井と、各所から短い土の刃が次々に飛び出し地中の根と蔓を切断。直後に地面が石のように固まっていく。

 ……流石にちょっと疲れたな。精霊を使う対価に魔力を持っていくというけれど、今回のお願いは結構大きかったみたいだ。


「先輩、大丈夫ですかっ。いきなり疲れた感じに!」

「大丈夫、精霊魔法の使いすぎだ。イーファ、警戒を頼む」

「はい!」


 そう言ってイーファが俺の前に出た。

 ローズヘッドの方は、リナリーを前にしても動かないままだ。部屋全体に張り巡らせた自分自身という強力な武器を奪われたのに、焦る様子も俺を狙う気配もない。

 これは、目の前のリナリーを警戒してるのか?


「ありがとうサズ。お礼に久しぶりにムエイ流の技の冴えを見せてあげるわ!」


 そう声を上げるなり、リナリーは跳ねるような動きで、一気にローズヘッドに間合いを詰めた。

 その手には遺産装備の長剣。俺の目には、うっすらと刃が光を帯びているのが見えた。

 これは彼女の『剣技』の神痕が本気で発動している証拠だ。


「はあああ!」


 リナリーの気合いの声に反応してか、ローズヘッドも応戦する。巨木のような本体から鋭い棘付きの蔓が次々に飛び出し、鞭のようにしなる。


「でええ!」


 入り口にいた分体とは比べ物にならない勢いの攻撃にも関わらず、リナリーは簡単に対応していた。蔓は弾かれ、切り飛ばされ、時に回避される。

 狭い通路と違って、それなりの広さのある室内はリナリーに向いた戦場だ。広い空間を生かして、縦横無尽に剣を手に、舞うように戦う。


「……すごいです。ムエイ流って、建国の王様のお仲間の戦い方ですよね」

「一応、な。俺もリナリーも昔、ムエイ流の使い手に教えてもらったことがある。彼女には向いてたんだ」


 イーファのいう通り、ムエイ流はアストリウム建国王の仲間が作った流派だ。なんでも遠方から来た人物の剣技だとかで、一時期は沢山の使い手がいたという。

 しかし、残念ながら、今は使い手もほとんどおらず、幻の技に近くなっている。

 

 それというのも、ムエイ流は神痕を持つ人間向けの剣技の流派であるためだ。その上、適性の面で物凄く人を選ぶ。

 神痕持ちでかつ、剣に向いた人物はそれほど多くない。更に言うと、ものになるかわからない流派では、流石に建国の英雄の知名度があっても定着しなかった。


 今では継承者もおらず、わずかな使い手が残るのみ。

 そんな中、たまたまムエイ流を教わったリナリーは抜群の適性を発揮した。『剣技』という神痕と、速度重視のムエイ流が彼女の性格と物凄くあっていたのである。


 当時、神痕を得たものの伸び悩んでいたリナリーは、これで一気に実力を伸ばした。今では注目の冒険者だ。

 ちなみに俺はあんまり適性がなかった。防御は上手くなったけど。


 戦いはリナリーが優勢だ。イーファはいつでも出ていけるが、その必要を感じさせない。まるで全身に目があるかのように、見事な動きで攻撃をいなし、適時斬撃が魔物に叩き込まれていく。


「リナリーさん、強いです。でも、あれだと決め手が……」


 イーファの言いたいことはよくわかる。リナリーの剣の一撃は鋭いが、ローズヘッドの本体は太い樹木を思わせるもの。一撃で削れる範囲はあまり多くはなく、簡単に倒し切れるようには見えない。


「大丈夫。そろそろだ」


 繰り返された攻撃によって、ボロボロになったローズヘッド。致命的な傷は負っていないが、攻撃はだいぶ弱まっている。それを察したリナリーが素早く距離をとった。


「せぇぇぇ!」


 よく響く気合の叫びとともに、高速の踏み込みと横薙ぎの剣の一撃が繰り出された。

 ただの一撃じゃない。精霊魔法を使い、魔女と接した『発見者』の目を持つ今ならわかる。あれは、魔力の光だ。

 リナリーの『剣技』の神痕と、遺産装備の長剣。双方が共鳴するように強い光を纏うと、そのまま刀身が伸びて刃となる。


「はぁっ!」


 振り抜かれる光り輝く刃。それは、当然のようにローズヘッドの胴を寸断した。

 イーファの『怪力』の一撃とは違う、綺麗な切断面を覗かせながら、危険個体ローズヘッドは上半身を地面に落として動かなくなる。


「まっ、こんなもんよね」


 攻撃の成果を見て、気楽な声音でリナリーが言った。とはいえ、剣の構えは解かず、視線も油断は見られない。


「す、すごいです! かっこいいです、リナリーさん!」

「相変わらず見事なもんだな」


 賞賛しつつ、俺とイーファが近くに寄る。


「ありがと。久しぶりに暴れてスッキリしたわ。って、何してんの?」

「いや、ちゃんと死んでるか確認を。植物系の魔物って生命力が強い」

「……そうね。イーファちゃん、念の為、こいつバラバラにしましょ」

「はいっ。おまかせください」


 その後、ローズヘッドは俺達によってバラバラにされた上で、使えそうな部分を採取された。

 幸いにも、しっかり倒されたらしく、うっかり復活などしなかった。


 ともあれ、こうして無事に西部ダンジョン地下三階は攻略されたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る