第62話:ダンジョン三階の攻略

 ダンジョン攻略支部に到着してから二日、俺は何人かに声をかけて打ち合わせをすることにした。

 メンバーは俺とイーファ、コレットさん、それとリナリーだ。

 一応、攻略方針についての打ち合わせなので、ヒンナルにも声をかけたんだけど、そこは専門家に任せるということで参加しなかった。どうも、自分の目の前の仕事優先なようだ。


「忙しい中、集まってくれてありがとうございます。とりあえず、攻略の方針が決まったんで声をかけました」

「もう? いくらなんでも早くない? あたし達、かなり調べてるのに先が見えないのよ、ちょっとくらいのことじゃ次の階層見つからないと思うんだけど」

「資料室の人が残してくれた書類がすごく良かったんだ。これまでの攻略情報だけじゃなく、過去の似たような事例のメモまで残してくれててね」


 攻略支部の倉庫を利用した資料室に入って驚いた。物凄くよく整理された情報に、可能な限り他のダンジョンの似たような事例までまとめられていた。

 それは今後の攻略に役立つかはわからないが、気になったことは全て書くくらいの勢いで、俺にとっては大きな助けになった。


「確実じゃないけれど、すぐに試せることが一つある。調べ方を少し変えるってだけなんだけど」

「それって何をするんですか?」


 机の上の攻略資料を眺めていたイーファが聞いてきた。彼女は彼女で、この二日で支部の新しい受付として早くも馴染みつつある。


「できるだけ明るくして探索する。もちろん、俺も一緒に」

「明るく? それだけ?」


 微妙に抗議を含んだ声音でリナリーが言った。

 一応、根拠はある。


「資料室のまとめた報告によると、三階はこれまでと比べて、光量が少ないのが気になるってことだった。暗闇からの奇襲で怪我人も結構出てる。他の階層との明確な違いだ。それと、過去の似たような事例として、薄暗いダンジョンにできるだけ沢山光源を持ち込んだら先に進めたことがいくつかあるらしい」


 資料室の人が残したメモ書きには具体的なダンジョンや時期まで書かれていた。しっかり調べれば事実だと簡単に確認できる方法だ。


「でもサズ君。光源を確保するのって結構大変よ? ランタンや松明を沢山持ち込むと運ぶの大変だし、強めの光る石って高いのよね」


 ギルドから攻略方針が出た場合、ある程度の費用がこちらもちになる。聞いたところ、攻略支部の台所事情はあまり良くないので、コレットさんの発言はそれを踏まえてのものだ。


「それについては大丈夫です。俺がなんとかできます」

「?」

「明るくして視界を確保。それで先輩の力に頼るんですよね。私も一緒でいいですか?」


 いいですよね、と明らかに確認するためにイーファが聞いてきた。


「魔物との戦闘も考えられるし、現場を見てもらう意味でもイーファには同行して欲しいんですけど。いいですか?」

「イーファさんについてはサズ君に一任してるから構わないわ。それよりも、リナリーさんはこれでいいの? 多分、三人で行く感じの話になると思うんだけれど」


 ずっと黙っていたリナリーに視線が集中する。


「構わないわ。昔に戻るだけだもの。サズがちゃんと進む先を『発見』できるか、あたしがちゃんと見届けてあげるわ」


 現在、攻略支部最強とされる冒険者は自信たっぷりに言い切った。


○○○


 西部ダンジョン地下三階は薄暗い。ここまでの階層は色んなところに光る石が原石状態で埋まっていて、ダンジョン内でそれなりの光量として存在感を発揮していたんだけれど、それがここには殆どない。

 ちなみに、光る石は沢山採掘できれば収入的にかなり美味しいんだけど、西部ダンジョンは一度取ると回復まで時間がかかるらしく、あまり換金できていない。ヒンナルがやつれた原因の一つでもある。


 土と石が中心のいかにも地下の洞窟ダンジョンといった様相のその場所に、俺は足を踏み入れていた。

 同行しているのは予定通り、リナリーとイーファの二人だ。既存の経路はしっかり攻略されているので危険はあまり感じない。


「光の精霊よ、辺りを照らしてくれ。できるだけ広い範囲を頼む」


 そう言うと、光の精霊が集まり、光源となって周囲を漂い始めた。まるで昼間と錯覚するような明るさを得たダンジョン内は一気に別世界みたいな景色に変わる。


「なによ精霊魔法って、すごい便利じゃない。なんで左遷されてるのに強くなって帰って来てんのよ」


 その様子を見ていたリナリーが俺に対して理不尽な抗議を始めた。先日再会した時に精霊魔法のことも話したけど、見せるのはこれが初めてだ。


「先輩は他にも色々できるんですよ。私もお世話になってます」


 短めにした銀色のハルバードを構えたイーファが我がことのように自慢げに言った。


「これで後は怪しいところがないか、じっくり調べる感じだな。魔物がいるかもしれないから、気をつけないと」

「暗いと奇襲に気を使ったけれど、これなら少しは楽そうね。逆に明かりに吸い寄せられてくるかもしれないけれど」


 腰から細身の長剣を抜きながらリナリーがいう。口調は軽いが、立ち姿に油断はない。精霊の明かりを鋭く返すその剣は、俺達のものと同じく遺産装備だ。かつて攻略したダンジョンで見つけたもので、強力な愛剣である。


「じゃあ、俺とリナリーが前を行くから、イーファは後ろについててくれ。警戒も頼む」

「わかりました!」


 暗かったダンジョン内を照らしながらの探索が始まった。

 地下三階はそれほど広くはない。小さめの部屋が四つに長い通路、冒険者達が頑張っているおかげか、魔物と遭遇することもなく、四時間ほどで一通り回り切ってしまった。


「……ここ、怪しいな」


 そろそろ休憩しようかと思った頃、俺の『発見者』が発動した。

 

「一応言っていい? もっと早く見つけられなかったの?」


 よりによって、俺が隠し通路の入り口らしきものを見つけたのは、三階に降りた階段の部屋だった。つまり、最初に光の精霊を使った場所である。


「あのあの、先輩の神痕は情報が集まってないと反応しませんので……今回はちょっとびっくりしましたけど」

「いいのよ。こういうの、結構慣れてるから」


 イーファのフォローに、にこやかに受け応えるリナリー。なんだろうな、彼女は俺に対してあたりが強いことがあるんだよな、昔から。

 まあいいか。気を取り直して、俺は壁の一画をじっと観察する。


 大きめの石が混じった硬い土の壁。他と変わらないように見えるけれど、明るい光の下だと、他と少し印象が違う。

 なんというか、石と土の間に空間が多いような……いや、細い植物の根が出てるな。ここだけだ?


 近寄って隙間を観察すると、光が向こう側に抜けているように見えた。

 

「イーファ、ちょっとここ、壊してくれないか」

「わかりました! 二人とも、下がってください! やああああ!」


 気合いの声と共にハルバードが振り下ろされる。遺産装備は相変わらず快調なようで、一瞬輝くと凶悪な破壊力を発揮。


「わ、凄いわね、ほんと」


 リナリーの言葉通りだ。イーファの一撃で土壁が吹き飛んでいた。


 そして、その向こうには更なる空間が広がっていた。


「……雰囲気が変わったな」


 隠し通路の向こうが光の精霊に照らされての第一印象がそれだった。

 土壁の向こう側には似たような通路が広がっていた。ただ、壁と天井の様相が全然違う。

 そこかしこから伸びる植物の根と小さな葉。植物混じりの通路が、そこには伸びていた。


「道はまっすぐだな、精霊よ」


 光の精霊に先行させると、すぐ先に部屋があるのが見えた。多分、そこに階段があるような気がする。


「サズ、下がりなさい」


 同時に、光に照らされたものを見て、リナリーが一歩前に出て剣を構える。

 その顔は厳しく、油断はない。


 部屋の入り口付近に人影があった。

 大きさは俺と同じくらいだろうか。マントのようなもので体格は隠されている。

 ただ、頭の形が異常だった。

 

 部屋への侵入を防ぐかのように佇む人型魔物の顔は、巨大な深紅の薔薇の花でできていた。


「先輩……あれ」

「ああ、危険個体だ。……やるぞ」


 俺は盾を、イーファはハルバードを構え、リナリーに続いて魔物との戦闘を開始する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る