第61話「西部ダンジョン攻略支部」
俺の想像よりも西部ダンジョン攻略支部は大規模だった。
当初の予定では、ダンジョンの周りに本部と冒険者の休憩所を設ける程度で、行商人や王都の店からの直送で物品を賄うつもりだったはずだ。
それが実際に訪れてみるとちょっとした村ができている。
人の行き来もそれなりにあるようで、少なくとも普段のピーメイ村より賑やかだ。
「俺がいた頃は、ピーメイ村温泉支部くらいの攻略拠点になる予定だったんだけどな」
「苦戦してるってことですね。頑張りましょうっ」
朝から一緒に出勤したイーファが握り拳で意気込みを語った。その背中には大きなリュックがある。
職場の変更に合わせて、宿泊先も変わったためだ。しばらくの間、王都西部でギルドが確保してくれた宿で俺たちは過ごす。
今日は職場に直行した後、新しい宿舎に行って引越し作業だ。イーファのおかげで楽だけれど、忙しい一日である。
「早めに挨拶してしまおう。のんびり眺めてるとリナリーに怒られそうだ」
「はいです。あ、でも、先輩、平気なんですか? ここの責任者って……」
イーファが俺に気をつかっているのがわかる。ここでは俺を左遷した張本人が
まだ仕事をしている。
色々と思うところはあるが、ここは割り切って行くしかない。
「顔を見た瞬間、斬りかかったりはしないから大丈夫だよ。そういうのはリナリーに任せてる」
「リナリーさんが聞いたら怒りますよ」
ちょっとおどけていうと、イーファも明るい顔で返してきた。どうせ仕事が山積みになるはずだ。仕事に忙殺されていれば気にならないと思いたい。
周辺の見学は程々にして、俺達はダンジョン攻略支部へと足を踏み入れた。
○○○
「やあ……サズ君、久しぶりだね」
再会したヒンナルは、なんだかとても疲れていた。
この人、こんなだったっけ? なんだか全体的にやつれてるし、着てる服もそれに合わせて少し汚れてる。左遷された日にあった時は、身だしなみには気を使ってる人という印象だったんだけど。
「お久しぶりです。ピーメイ村ギルドから来た、サズです」
「同じく、イーファです」
頭の中で考えてたことはともかく、挨拶を交わす。イーファは彼女にしては珍しくちょっと警戒した様子だ。
「まさか君が来るとは思わなかったよ。忙しくて書類を見きれていないんだけれど、神痕と冒険者復帰のことは読んだ。期待しているよ」
以前見せた嫌味っぽいところもなく、本当に心からという風にヒンナルが言った。忙しいっていうのも本当らしい、机の上の書類をちょっと見たところ、処理が追いついていない。
「あまり期待されても困りますよ。確約できるわけじゃないですし」
「いや、上に依頼して来たのが君だったんだ、期待するなというのが無理なんだよ」
力なく笑う姿は少し哀愁すらある。横で見ているイーファが心配する目つきになった。
「あの、ヒンナル……支部長さん。ちゃんと寝てますか?」
「心配ありがとう。えーと、イーファさん……か。君はどうしようかな」
今イーファのことに気づいた様子で、書類を見ながら悩んでいる。俺達が来るのが決まったのも急だったし、あんまり現場との連携が得意な人でもないからしょうがないか。
「サズ君とイーファさんのことはお任せください、支部長」
俺が何か言う前に、後ろから声がかかった。
聞き慣れた声に振り向けば、そこにいたのは王都時代の先輩、ベテランギルド職員のコレットさんだ。
「コレットさん、お久しぶりです」
「久しぶり。サズ君とまた会えるなんて嬉しいわ。それも、こんな可愛い後輩付きでね」
「はじめまして、ピーメイ村のイーファと申します」
俺とイーファにまとめて「よろしくね」と軽く挨拶し、そのまま、ヒンナルに許可をとったコレットさんは、支部内へ案内すべく連れ出してくれた。
「二人とも、大変な時に来てくれてありがとう。感謝するわ」
小会議室と名付けられた部屋に案内されると、コレットさんはそう言うなり深刻な顔になった。
「支部長が帰った後に、こっそり書類を見させてもらったわ。サズ君、凄いことになってるじゃない。それと、イーファさんはとても強いのね」
「きょ、恐縮です。王都のお仕事を勉強しに来ました」
「イーファはとても優秀ですよ。俺の方は……意外なことが重なってここに来ました」
「二人とも頼りにしてるわ。……それで本題だけど、サズ君はここの止まってる攻略、どうにかできそう?」
男性冒険者が一度は憧れるという営業スマイルを浮かべつつ、口調は深刻なままだ。思った以上に困っているらしいな。
「それについては、資料を見ないことにはなんとも……」
そういえば、コレットさんは俺の神痕について詳しくない。出会ったのは冒険者引退後だからな。
「先輩の神痕は、情報が出揃わないと上手く力を発揮しないんです」
「そっか。そうすると、ダンジョン攻略の資料が必要ね。ちょうど昨日まで、資料室の人が作業してたから、まとまってるわよ」
「…………」
コレットさんの自信満々の答えに、俺とイーファは互いに顔を見合わせた。
なるほど。どうやら、本当に準備が整った上でここに異動させられたわけだ。
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