第58話:イーファの見た景色「王都編」

「彼女の名前はリナリー。冒険者パーティー、「光明一閃」のリーダーで、サズ君の幼馴染みよ。一歳年上で、ここにいる時も冒険者になってからも世話を焼いていたの」


 早口でイセイラ先生が説明してくれました。

 私達は今、ドアにはりついています。

 サズ先輩が部屋の外に出てすぐにリナリーさんの声が聞こえ、イセイラ先生の指示で聞き耳をたてることになりました。


「これはなかなかの修羅場になるわね」

「リナリーさん、先輩に怒ってるんですか?」

「かなり」


 イセイラ先生はさらに先輩の罪状を語ります。


「まず、ピーメイ村に行くときに挨拶にいかなかった。私の所には来たのに。それから、一切連絡無し。王都に来てからもよ。更に、リナリーさんは西部ダンジョン攻略で連日疲れてる。そんなところでイーファさんを連れて元気そうに談笑してるサズ君を見たらどう思うかしら?」

「……これは、修羅場ですね」

「ええ、特にイーファさんと一緒というのはおもしろ……彼女の怒りを加速させたかもしれないわ」


 実態はともかく、「その女だれよ」というやつでしょう。わかります。


「イセイラ先生、出ていって説明した方が良いのでは?」

「もう少し様子を見ても良いと思うの。リナリーさんが本気で爆発しそうになったら、出ていってちゃんと私達が説明する。それまでは様子を見る、どう?」


 ちょっと楽しそうです。お二人をよく知る方がそう言っているのですから、危険はないのでしょう。なにより、サズ先輩の幼馴染みが悪い人のわけがありません。

 

「了解です。こういうのを見るのも貴重な経験……ですよね」


 そう言って、私は扉の向こうに対して耳を澄ませます。

 リナリーさんがちょっと荒い口調で話をしています。


「私に挨拶もなく王都から出ていって、帰ってきてからも挨拶はなかったってことよね? しかも、なんか女の子連れだし。左遷とか聞いてたから心配してたんだけど、損したわ」


 棘のある言い方です、恐いです。

 しかし、先輩は私の想像を超えた対応をしてきました。


「イセイラ先生経由で説明が行くと思ったんだよ。手紙の一枚も出せなかったことは申し訳なかったと思うよ。何とかやっていけてるよ」


 あくまで穏やかな口調。いつもの自然体です。多分、リナリーさんの心情に全く気づいていません。素です。横でイセイラ先生が「さすがねサズ君」とか言ってます。


「こっちはあんたがいないおかげでダンジョン攻略に手間取ってるのよ。そのくらい想像つくでしょ」

「リナリーはしっかりしてるから、その点は心配してなかったんだよ。俺よりよっぽど強いしな。そうだ、礼を言わないとな。ちゃんと西部ダンジョン攻略に参加してくれたこと」

「…………」


 先輩、全く気づいていません。リナリーさんは言葉を失っています。どんな顔をしているのか、ちょっと見てみたいです。

 しかし、『発見者』の先輩がこういうのに気づかないのは珍しいです。細かな変化を逃さず行動する、それがサズ先輩なのに?

 そう思ってイセイラ先生を見ると、厳かに頷いて「二人はいつもこうなのよ」と小声で言いました。いつものことだから、神痕の反応が鈍いのでしょうか? それとも、慣れた対応ということで、これが正解なのかもしれません。


「……まあ、いいわ。それで、ピーメイ村はどうしたの? そう簡単に王都に帰ってこれないはずでしょう?」


 「まあ、いいわ」の一言で済ませて良くないことが山盛りだった気がするのですが、リナリーさんは流しました。……わかりました、この人、先輩に甘いです。


「色々あったんだ、本当に。イーファっていう後輩ができて、一緒に冒険者まで兼務してな。調べ物や西部ダンジョンの件で戻ってきたんだ」

「それ、気になってたんだけど。冒険者やって平気なの? あなたの神痕、もう殆ど使えないはずでしょ。また危ない橋渡ったんじゃないでしょうね」


 心配を含んだ声になりました。これは完全に怒りが収まってますね。安心です。もうちょっとだけ修羅場を見たかったような。いやこれ、修羅場ですらなかったような。

 

「少し危ないこともあったけど、何とかなったよ。特に、イーファが頼もしいのが大きいかな」


 それは、私にとってはとても嬉しい言葉でした。こっそり聞いていなければ、サズ先輩に沢山御礼を言っていたことでしょう。

 でも、その次の発言が問題でした。


「へぇ、その子、強いの?」

「すごく強い。その上仕事の覚えも早いな。一緒の宿舎に住んでるんだけど、家事全般もできるし……」

「一緒の宿舎ぁ?」


 いきなりリナリーさんの声色が変わりました。イセイラ先生の顔色も変わってます。小声で「やばっ」とか言ってます。

 まずい、これはきっと、何かまずいことを言ったようです。

 いえ、さすがにわかります。ピーメイ村で私と先輩は一緒の建物に住んでいました。でもそれは、ギルドも兼ねるちょっとした宿屋くらいの規模のある建築物で、更にルグナ所長達もいました。

 残念ながら、リナリーさんはそういう情報を知りません。

 冒険者としての勘でしょうか、扉の向こうの気配が危ない気がします。

 私はたまらずドアを開けました。


「先輩!」


 扉の向こうにはいつも通りのサズ先輩と、座った目つきのリナリーさんがいました。これまで声だけでしたが、印象通りの活発そうな剣士さんです。そして、私を睨んできました。クラウンリザードより恐いです。


「あの、サズ先輩に色々と教えて頂いている、ピーメイ村のイーファです。その……せっかくですから、ちゃんとご挨拶とご説明をさせて頂ければと思うんですけれど」


 リナリーさん、こっちをじっと見た後、サズ先輩を睨み付けて言いました。


「子供達にそのお菓子を配った後、話を聞かせて貰うわ」


 言い方がちょっと恐かったです。

 その横で先輩だけ一人いつも通りの様子で「みんなで配れば早く終わるな」とか言ってます。


 これは、上手く説明できるでしょうか。なんとか頑張ります。

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