第57話:遭遇

 王都の西側に向かって歩いていると、久しぶりで見慣れた建物が見えて来た。


「本当にイーファも来るのか? せっかくの休みなんだから、好きに過ごせばいいのに」

「先輩のご実家とも言える場所ですから、ちゃんと挨拶しないとです。先輩が王様に挨拶したように、私もしておかないと」


 横を歩きイーファが妙に律儀なことを言っている。。

 今日は休日。俺は故郷ともいえる孤児院に向かっているところだ。

 オルジフ大臣からの試験めいたものが終わり、ようやくの里帰りだ。

 その大臣は、今回もしっかり仕事をしてくれた。俺の手には焼き菓子が詰まった箱が入った袋がぶら下がっている。ちょっとお高くて注文が難しい店のものだ。

 大臣からの手紙は、詫びとしてこれを手土産に実家にいってくれと書かれていた。


「俺が喜ぶものを的確に把握されてて恐くなるな……」

「私達に関して、ギルドの資料以上に把握してるってことですよね……」


 子供達が喜ぶから嬉しいが、ちょっと恐くはある。こういうのを繰り返して、逆らいにくい状況を作っているんだろうな。絶対にことを構えたくない相手だ。

 幸いなのは、オルジフ大臣は左遷の原因になった、ヒンナルのことに全く触れなかったことだ。把握はしているだろうけれど、俺個人の事情とは切り離して考えている可能性が高い。


「ところで先輩、突然の訪問になるけれど、大丈夫なんですか?」

「まあ、大丈夫だろ。いつも連絡なしで様子見にいってたし」


 気楽に返事をしながら、少しずつ人出が減っていく通りを歩く。

 孤児院は王都の北の外れ。ちょっと寂れた区域にある。

 中心部に比べると建物は低いが、新しいものが多い。あまりお金がかかっていないのも特徴だ。町並みが変わっていき、いよいよ見慣れた建物が見えてきた。畑も作れる広めの庭に、古いが頑丈な石造りの建物。近づくと子供達の元気そうな声が聞こえて来る。


「なんだか、ようやく帰ってきた気がするよ」

「良かったですね、先輩」


 そうだな、と返しながら、俺達は壊れて常に開けっぱなしになっている門をくぐっていった。


○○○


「サズ君、なんで事前に教えてくれなかったの? そうすれば色々と準備できたのに」


 孤児院に入って早々。客室に通されたと思ったら、イセイラ先生に怒られた。

 相変わらずの眼鏡姿の先生は壮健で、俺達の唐突な訪問を受けて怒ったり喜んだりをしばらく繰り返した後、客室に案内してくれた。

 最年長の子にお茶の用意を手伝って貰って、慌ただしく来客の準備が整えられる。これも俺には見慣れた光景だ。 


「いや、いつも連絡なしで来てたからいいかなって」

「駄目に決まってるでしょっ。そもそも、ピーメイ村に行ってから全然連絡を寄越さなかったし、手紙くらい出せるでしょう? 心配したのよ」

「すいません」


 素直に手紙とか忘れてた。なんだかんだで忙しかったし。

 イセイラ先生はもう少し俺に説教した後、ようやくイーファの方に向き直った。

 打って変わって、子供達に向けるのと同じ慈愛に満ちた顔で話しかける。


「騒がしくしてご免なさいね。当孤児院を任されている、イセイラと申します」

「イーファです。ピーメイ村冒険者ギルドの職員で、先輩の後輩をさせていただいてます」


 一方のイーファはちょっと緊張気味だ。いきなり怒る先生を見て緊張したのかもしれない。


「あまり堅くならないで。見ての通り、格式張ったところがない場所だから。それにしても意外だわ、まさかサズ君がこんなお嬢さんを連れて帰ってくるなんて……。式は向こうであげたの?」

「いえ、全然違います。そういうことではないです」


 神痕で見るまでもなく、イセイラ先生の勘違いに気づいた俺は即座に否定した。


「あの、イセイラ先生は何を言ってるのでしょうか?


 イーファは理解が追いついてないようだった。


「ど、どういうこと? これって、田舎にいった若者が奥さんを見つけて凱旋、実家に挨拶に来た……っていうシチュエーションじゃないの?」

「お、奥さん? 私がですか!?」

「俺もイーファも普通に仕事で王都に来ただけですよ。色々片付いたらまたピーメイ村に戻ります」


 事態を飲み込めたイーファが顔を赤くして慌てだしたが、極力落ちついて説明する。

 一方のイセイラ先生は、まだ納得しない様子だった。


「いえでも、本だと良くあるのよ。遠い異動先で見つけた異性となんやかんやあって、最終的にくっついたり、くっつかなかったりっていうのが」


 小説の読み過ぎで妄想力が高まりすぎじゃないか?


「あ、それならわかります! 読んだことあります!」


 よりによって理解者が目の前に現れてしまった。


「イーファさん、見所があるわね。『地方令嬢泥沼物語』とか知ってるかしら?」

「読者です! あ、でも私と先輩はそういう関係じゃないですね!」

「…………」

「なんですか、俺に言いたいことでも?」

「いえ別に」


 一瞬、見たことのない表情でこっちを見られたけど、俺はあえて気にしないことにした。


「イーファさん、良ければ色々と本のお話をしましょうか? ちょうど良いところにお茶菓子もあることだし」

「はい。よろしくお願いします!」


 そこからは、二人で読書にことで話に花が咲いていた。たまに「暗殺」とか「没落」とか不穏なワードが出て来る以外、よい光景だ。

 ただ、俺は完全に部外者になってしまったので、立ち上がる。


「俺、子供達にお菓子配ってきますね」

「む、おやつの時間はもうちょっと……。いえ、今日は特別にしましょう。私も勢いで食べてしまいましたし」


 許可が出たので菓子の入った箱を持って席を立つ。

 やれやれ、と思いつつ部屋を出た直後、俺は立ち止まった。

 単純に、ドアのすぐ外に人がいたからだが、その人物が問題だった。

 驚きの余り、声が出ない。


「久しぶりねサズ。女の子と仲良くしてて結構なことだわ」


 赤髪の剣士がおっかない目つきで俺の方を睨みながら、不機嫌な口調でそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る