第55話:王都の魔女
ピーメイ村に住んでいる魔女であるラーズさんの部屋は、普通の家に魔女らしい物品が見え隠れする感じだったけれど、こちらの魔女さんの場合はぬいぐるみや人形など、本人の趣味が垣間見えるものが多い。
そんな室内で、俺とイーファはお茶をすすめられていた。
「さて、急なお客様をお迎えする準備もできたところで。名前聞いてもいい? こちらだけ名乗るのは不公平かなって。あ、別に呪いとかかけないから安心してね。どうせ、オルジフの奴の使いでしょ?」
自分のカップ(こちらも丸い)を手に取りながらエトワさんが言った。口調は気軽だけど、大臣の名前が出た辺りは明らかに嫌悪感が滲み出ていた。
あまり機嫌は良くなさそうだ。当然か、ガーゴイル壊したし。
エトワさんは肩くらいまでの金髪に薄いピンク色のジャケット、その上に極薄の短い黒いマントのようなものを纏っている。下を見れば短いスカートから足が伸びていて、全体的にすらっとした印象の女性で、なんというか、魔女っぽさはあまり感じない。王都の賑やかな場所で見かける派手な服装の女性という印象だ。
「冒険者ギルドのサズと申します。一応、冒険者も兼任しています」
「同じく、イーファですっ」
俺に続いて緊張気味にイーファがいうと、魔女の動きが止まった。
「…………」
明らかに驚いている。なんだろうか。
「あの、どうかしましたか?」
「サズ君とイーファちゃんて、ピーメイ村の?」
帰ってきたのは意外なほど親しみを感じさせる語感の返事だった。
「はい。私達はピーメイ村から来てますけれど」
それを聞いて、エトワさんの表情が一気に変わった。これまでの不信感一杯の、いかにも義務的で面倒ごとに対応してますというものから、喜色満面の明るいものに。
「やっぱり! ラーズのお友達の二人よね! まさかこんなところで会えるなんて……いや、まさか……」
喜んだ後、また微妙な顔に戻った。忙しい人だ。
「ラーズさんとお知り合いなんですか?」
「知り合いもなにも、数少ない魔女友達よ。あの子のお茶飲んだことある? 私が王都で買って使い魔で送ってるのよ」
「え、そうだったんですか! すごいです! こんなところでラーズさんのお友達に会えるなんてっ」
イーファは喜んでるが、俺は直前のエトワさんの反応に推測がついた。
「もしかして、オルジフ大臣、ここまで読んでたってことですか?」
「……むかぁし、あいつが二十代の頃、ちょっとだけラーズのこと話したことがある気がするのよね。多分、あなたたちの報告書でも見て、決めたんでしょう。あいつ、覚えたこと忘れないから」
この状況も想定内かもしれないのか……。あの人、どこまで読んでるんだ?
「なんか、私は大臣さんに会えなかったのが、良かった気がしてきました」
「それで正解よ。あんなの関わらないのが一番正解。会って使えると見られたら、とことん利用されるんだから」
カップの中身を空にして溜息。これ、受けてもらえるのかな。
そんな俺の内心が伝わったのか、エトワさんが笑顔になって言う。
「いいのよ。サズ君のせいじゃないから。文句は直接本人に言うわ。それに、隠れてる私を見つけたら仕事をしてやるってのは昔からの約束なのよね」
魔女は約束を守るの、とエトワさんは付け加えた。
「お二人は長いお付き合いなのですか?」
「付き合いっていうか、腐れ縁ね。この町で魔女が暮らす便宜をはかってもらうために、あいつに協力する。最初は困ってる若者を助けてやろうって思ってたんだけど、とんでもない奴だったわー。あ、クッキー食べてみて、それは私が作ったやつなのよー」
すすめられたクッキーを食べてみたら、覚えのある味がした。少し懐かしい、たまに温泉の王と一緒に食べた味だ。
「これ、ラーズさんの作ったものですか?」
「そ、たまに自分で作ったのも送ってるの。そうそう、あの子、喜んでたわよ。ピーメイ村は話しやすい人が多いって。私も一度話したかったから、こうして会えたのは嬉しいな」
ただ、自分のこうした反応を予想して大臣が送り込んだであろう事は気に入らないようで、途中からその愚痴になっていった。本当に色々あったんだろうな。これまでに。
「あなたたち、世界樹のことで王都に来たんでしょ。魔女に手伝って欲しいことがあれば、遠慮無く声をかけなさい。ラーズから「もし会ったら手助けしてあげてね」って頼まれてるの」
「いいんですか? 俺達、なにもお礼できないですよ?」
「なに言ってるのよ。私の友達に良くしてくれたんだから、その御礼よ。あ、もちろん変なお願いは断るからね」
これは本当にありがたい。何があるかわからない以上、魔女の力を借りたい場面があるかもしれない。ラーズさんにも今度感謝の手紙を送っておこう。
「エトワさんが大臣のところにいったら、俺達は西部のダンジョンを調べるつもりです」
とりあえず俺は仕事の現状についてエトワさんに説明した。先日大臣に話したのもあって、良い感じに要点を踏まえて短めに話せたはずだ。
「うん。それは面白いわね。私もこの国に住んで長いから、世界樹のことは気になってたの。資料室を経由すれば連絡とれるから、いつでも言ってね」
返事は気楽なものだ。なんだか、協力を頼んだときも、こんな感じで凄いことをしてくれそうな気がする。
「サズ君にはこれでいいとして、イーファちゃんにもなんかしてあげたいんだけどな。私の祝福をあげるわけにもいかないし……」
「エトワさんの祝福ってどんなものなんですか?」
そんな質問に王都の魔女はにこやかに微笑んだ。
「ここでは言えないような内容よ。今度、サズ君がいないところで教えてあげるわ」
イーファが何か思い出したのか、顔を赤くした。
聞かない方が良さそうなので、俺は聞き流しておいた。
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