第54話:クマ、つよい
全体的に丸っこくデフォルメされたが、見上げるように巨大なクマの石像。
その爪と牙は金属製のものが埋め込まれていて、鈍い銀色の輝きを放っている。
見た目の可愛さで補えないくらいの、危険な相手だ。
「先輩、私が前に出ます!」
「わかった! 土の精霊よ! 奴の足下を沼に!」
ガーゴイルと違って、飛べないならやりようはある。
足下を沈めて動きを阻害する精霊魔法。あの大きさなら、重さも相当のはず。すぐ動けなくなるだろう。
そんな予想に反して、クマは精霊魔法を気にせずこちらに接近してきた。
見れば、足下だけ沼になっていない。
「なんだって!」
「いきます! えぇーい!」
驚く俺を尻目に、イーファが前に出てハルバードを振り下ろした。
金属音が響く。
二本足で立ち上がったクマが両手の爪でイーファの一撃を受け止めていた。
ほんの少し、クマの足下が沈んでいた。普通なら、受け止めた腕がただですまないはずだ。
「土の精霊よ、槍で攻撃してくれ!」
せめて援護になればと、地面から土の槍を放って攻撃。
だが、それもクマの体に触れた瞬間崩れてしまった。まるで魔法がそこで途切れるかのように。
これでは、相手の動きの阻害どころか気を逸らすことすらできない。
「ぐ、うぅぅぅ」
イーファはハルバードを押し込み、クマはそれを受け止めている。力比べに突入していた。
頑丈すぎる。
ただの石像なら、受け止めた爪以外の部分が衝撃で破損しているはずだ。土の槍だって、鋭く堅い。傷一つつかないのはおかしい。
なにか弱点はないのか。
必死に観察を続けるが、俺がなにか見つける前に、クマが大口をあけて牙を剥き出しにした。
「あわわっ」
慌ててハルバードを振りながら下がるイーファ。向こうの方が攻撃手段が多いか。
更に追撃が来るかと身構えるイーファだったが、クマはあたまをぐりんと動かしてこちらを見た。
「先輩! 危ないです!」
「くっ!」
結構な速度で距離を詰めてきて、爪の一撃。
俺は遺産装備の盾でそれどどうにか受け流しにかかる。
正直、ピーメイ村での戦いの時のように、受けただけで腕に怪我をするんじゃないかと覚悟した。『発見者』の肉体強化はそれほど強くないのだから。
直後に起きたのは、意外な現象だった。
金属音が響いて、クマの腕がはじかれた。盾から伝わる衝撃もそれほどじゃない。
「……?」
「やあああ!」
一瞬できた隙をイーファは逃さない。横からハルバードを振られると、クマはしっかり反応して、素速く距離を取る。
「先輩! 怪我はないですか? あいつ、力がものすごく強いです」
「そうだよな。そのはずなんだが……」
盾には傷一つついていない。
「どうかしたんですか?」
「いや、思ったよりも攻撃が軽かったんだ。この盾の力かもしれない……」
俺は考える。
もしかしたら、石像自体が魔法の力で覆われているのではないだろうか。
それならイーファの攻撃を受けきれることも納得できる。
更に重ねて推測する。詳細不明の遺産装備のこの盾。これが仮に対魔法の盾だとしたら、攻撃を弾いた説明も付く。
「対魔の盾か……。可能性はあるな。イーファ、俺が攻撃を受け流すから、爪以外の部分を攻撃してみてくれ」
「……わかりました!」
一瞬、返事を悩んだ様子だが、すぐに元気よく声が来た。
「よし、いくぞ!」
「はい!」
今度はこちらから前に出る。
俺が迫ると、二足歩行に直立したクマが爪を振り下ろす。
それを良く見て、盾で受け流す。
すると、クマの爪が大きく弾かれた。
見えた……!
爪が盾に触れた瞬間、クマの全身を覆う光が見えた。薄い膜のように、あいつを保護している。多分だけど、魔力というやつだと思う。
ここで「見えた」おかげで『発見者』が発動したんだろう。
この一瞬で、俺には魔力がよく見えるようになった。
可愛い見た目のクマをうっすらと覆う魔力の膜。よく見ると、爪と牙だけそれが分厚い。
つまり、爪が一番頑丈なわけだ。俺の攻撃は気にせず。イーファの攻撃をあえてそこで受けていたということにもなる。
冷静に観察しながら、クマの爪を盾で受け流すと、爪が触れた瞬間、盾も光って弾いているのが見えた。間違いなく、この盾は魔法への特殊能力を付与されている。
「やああ!」
俺が抑えているうちに、イーファが横から攻撃をしかける。だが、クマは右手の爪を払うように動かして、無理矢理受け止めた。
仕方がないとはいえ、今の防御は良くなかった。
無理な姿勢の防御に、クマが少しふらついた。
俺は剣を振り上げ、叫ぶ。
「おぉぉ!」
声に反応して、右手の左手の爪をふるクマ。姿勢が悪いため、勢いはない。
俺はそこを逃さず、盾を叩き付けた。剣は囮だ。効かないしな。
魔力の輝きが弾け。クマが大きくバランスを崩す。
「イーファ! 今だ!」
「やああああ!」
大きくバランスを崩した状態では、イーファの攻撃を受けることはできない。
クマの胴体にハルバードの一撃が炸裂した。
その時見えた。一瞬、イーファの全身が輝き、ハルバードにそれが注ぎ込まれたのを。
巨大な遺産装備は刃から魔力の光を輝かせ、そのまま石の胴体に叩き込まれた。
クマの石像は、体の真ん中に巨大な斬撃を受けて、腹の辺りが大きく吹き飛ばされた。
だが、それでも四つ足で何とか立っている。魔法で動く石像ならではの不死身さだ。
「このくらいじゃ止まらないか……」
「粉々にしちゃいましょう!」
クマを覆う魔力は明らかに弱っている。これならいけるな。
そう思ってイーファと更なる攻撃をしかけようとした時、クマの口から声が聞こえてきた。
「チョット……マッテ……」
そういってクマが魔女の家の方を見た。
俺達も武器を構え警戒しつつ、そちらを見る。
素材不明な丸い家。その丸いオレンジ色の扉。
それが開きつつあった。
家の中から金髪の女性が出てきたと思ったら、凄い勢いで走ってくる。
「もう! なんで驚いて帰らないのよ! 可愛いガーディアンが台無しじゃないの!」
あっという間に目の前に来ると、クマをなでながら抗議された。
両手を腰に付けて、ちょっと困ったような顔をしながら女性……というか魔女が文句を言ってくる。
なんか、ラーズさんに会った時もこんな感じだったな。
「なんか、ラーズさんの時のことを思い出しますね」
「そうだな」
イーファも同じ気持ちだったらしい。
微妙に懐かしい気分に浸っていると、ひとしきり怒って満足したのか、魔女は少し表情を柔らかくした。
「仕方ない。ここまでできるんだから、訪問者と認めるわ。私は王都の魔女エトワ。話を聞きましょう」
笑顔では無く、微妙に迷惑そうな様子で、そう挨拶された。
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