第53話:石像
王都の都市計画に従って作られた、ほとんど使われていない地下通路。しかも、その行き止まりの壁の向こう。
そこに小さな世界があった。
大きな空間だ。ピーメイ村の広場と周辺くらいはあるだろうか。目の前には柔らかな土の地面と草原。その向こうには木々が見えて、林といえるくらいの規模になっている。
奥の方には小川が流れていて、静かな水音を響かせ、空間の端へ消えていくのが見える。また、それに沿って踏み固められた土の地面の道がある。
空はどうなっているんだ、と思って上を見たら薄い靄のようなものがかかっていて、見えなくなっていた。曇り空、というわけではない。どうも発光しているらしく、空間内を明るく照らしている。
俺は改めて小川に沿った道を目で追うと、その先、林の近くに丸っこい小さな家があるのが目に入った。
「魔女の家……というより小さな世界みたいだな」
「はい。なんだか、見慣れた景色で落ちつきます」
田舎な景色を見たイーファがちょっと嬉しそうだ。
「念のため、武器を構えて進もう。あの家だ」
「はいっ」
イーファがハルバードを本来の大きさに変更した。俺も剣と盾を構えておく。盾はイーファの武器と同じく遺産装備だが、剣は相変わらずの量産品だ。王都に来る際、少し良い目のものに変えたけれど、威力不足で心配だな。
俺達は平和な景色の中を最大限警戒しながら進んだ。
一応なにもなさそうだけれど、あのラーズさんの家ですらガーゴイルがいた。あの時は、俺達の存在には気づいていたけど、発動はさせずに様子見をしていたらしい。なんでも、ガーゴイルを使うのが勿体なくて使えないたちだとか。
ラーズさんの個人的な事情はともかく、家の周りは魔女の空間だ。「王都の魔女」は既にこちらの存在に気づいているはず。
周囲を注意深く見る……なんか精霊が多いな。この場所自体が特殊なんだろうが。
「色んな精霊が見えるな……」
「魔女さんが魔法で作ったからでしょうか?」
「かもしれないな」
そんなことを話しながら家に向かって近づいていくと、上方から風を切る音と、羽ばたきの音が聞こえた。
上を見ると靄の中から背に翼を持つ灰色の人型がこちらに向かってくるのが見える。
ガーゴイルだ。数は二体。石の翼でもしっかり翼の音が聞こえる。
それにしても……
「ガーゴイル……だよな?」
「だと思います。なんか可愛いですね」
飛んでくるガーゴイルは、なんというか、妙にかわいい見た目をしていた。
ラーズさんの家にあるやつは、角の生えた人間型の猛獣のような外見で、鋭い爪と牙を持たされている。
一方、推定王都の魔女が寄越したと思われるこちらのガーゴイルは、なんか全体的に丸っこくデフォルメされている。ちゃんと爪と牙がついている違和感が凄いけれど、ぬいぐるみを石像にして翼を取り付けたみたいな感じだった。
「キシャァァ!」
俺達の驚きをよそに、見た目に反した威嚇音を発し、空気を裂く飛来音と共に飛んでくる。結構早いな。厄介だ。
「親しみやすそうなのは見た目だけか!」
「やっちゃいましょう!」
俺は盾を、イーファはハルバードを構えて迎撃姿勢。
まず、突っ込んできたガーゴイルを横に飛んで回避。動きが直線的なので、これは容易だった。
素速く切り返して目の前の一匹の背に剣を叩き付けるが、
「堅いっ」
普通の長剣じゃちょっと傷がついただけだ。これは、俺の剣でどうにかするのは難しそうだ。
一方イーファは違った。
「やあああ!」
『怪力』の神痕の力を発揮してハルバードが豪快に振り下ろされる。しかし、一撃の重さに気づいたのか、ガーゴイルは素速く避けて空中に。久しぶりの戦いだからか、攻撃が大ぶりになってしまったみたいだ。当たれば粉々だったので、ガーゴイルの判断は正しい。
空中に逃げたガーゴイルは、瞬きできない石の瞳で俺達を見下ろしてくる。
「弓も持ってくれば良かったか」
「動きが素速くて当てにくいですっ」
たしかにそうだ。人間は空を飛べない。空飛ぶ敵はそれだけで手強い。こちらとしては、近づいてきた時に、いかにイーファの攻撃を当てるかだが……。
飛び道具があれば何とかなるか。
ふと、思いついたことがあったので、俺は地面に手を付けて精霊魔法使う。
「土の精霊よ、集まりできるだけ固まって、長めの矢……いや、投げ槍を作ってくれ。頑丈なのがいい」
精霊豊富なこの環境なら、いつも以上のものができるはず。
俺の考えを反映するかのように、土の精霊が応えてくれた。
土が盛り上がり、片手で握れる太さの短めの槍が四本作り出された。軽く指で弾くと、石どころか鉄のように堅い感触がある。
警戒してるのか、ガーゴイルはこちらを様子見だ。
「イーファ、試しにこれを投げてくれ」
「わかりましたっ」
とりあえず一個手渡すと、イーファは左手でハルバードを地面に立たせ、右手で矢を投げる。
「えいっ!」
それほど力を入れた様子に見えなかったけど、目で追えないくらいの速度で、槍が飛んだ。
「ギェ」
短い悲鳴と共に、ガーゴイルの翼の片翼が吹き飛んだ。槍が当たった瞬間に砕けたんだが、一瞬過ぎて俺の目にはいきなりに見えた。
翼を失ったガーゴイルは、滑空すらできずに地面に落ちる。
「落ちた奴にとどめだ」
上空を警戒つつ、もう一本槍を渡す。
「えーい!」
やり投げが得意なのか、今度の投擲も見事なものだった。
地に落ちたガーゴイルの上半身は粉砕。想像以上だ、もしかしてイーファの『怪力』が強まってるのかもしれない。ピーメイ村にいる時よりも破壊力が増している。
あと一体、と思って上をみたら、そちらは俺達を警戒したまま、ゆっくり上昇していき、天井の靄の向こうに消えてしまった。
「諦めたんでしょうか?」
「いや、そうでもないみたいだぞ」
『発見者』が発動したので、俺はすぐに気づいた。
今度は魔女の家の方から大きめの影がやってくる。
人型じゃない。もっと大きい。巨大な獣のシルエットだ。
「あ、また可愛いです」
「見た目だけはな」
俺達に勢いよく向かってくるのは巨大なクマの石像だった。ただし、ぬいぐるみ的な可愛さを持たされたファンシーな見た目の。ガーゴイルと同じく、鋭い爪と牙の違和感が凄い。いや、爪と牙に金属のような輝きがある。これは特別製か。
見た目だけは優しいクマは俺達から少し離れた位置に立ち止まると、口を開き、くぐもった声を発した。
「タチサレ……ヨウナキモノハ……タチサレ」
正直、帰りたい。けどそうもいかない。
ちゃんと用件があるのだから。
「もう一息、頑張れるか、イーファ」
「はい、大丈夫です!」
俺達の戦意を感じ取ったのか、石のクマは威嚇するように立ち上がってから、再び駆け出してきた。
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