第49話:資料室の存在意義
一階の事務所には休憩用の部屋が別途設けられている。外から見て、増築されていた部分だ。
そこはちょっと広めの落ちついた空間で、本棚とテーブル、それと横になれる大きめのソファーが置かれている。
資料室との違いは本棚に顕著だ。並んでいるのは資料ではなく、小説、旅行記、歴史書など、職員の趣味と思われるものだった。
小さな台所では火がおこせるようになっていて、資料室内でここだけはお湯を沸かせる。台所の壁には大量のお茶の葉が入った硝子瓶が並んでいて、聞けばこれは室長の趣味だとのことだ。
そんな部屋で、俺とイーファは室長自ら用意したお茶とクッキーを頂いていた。
「さ、座りなさい。忙しく働く若者を労うのも年長者の務めじゃからな」
「ありがとうございます」
二人で礼をいいつつ、椅子を勧められる。
素直に座ると、装飾は無いが流麗な見た目のカップに室長がお茶を注ぎ始めた。
「これは北方の国から仕入れた葉での。心を落ちつかせる作用がある。ここの職員が根を詰めてる時にいれているのじゃよ」
鼻を抜ける爽やかな香りが室内に溢れた。それだけで良いものだと俺にすらわかる。
「こちらのクッキーも同じハーブがはいっとる。ハーブばかりになってしまったのう」
にこやかにいいながら、自分の分をいれて席に着くと、室長が一口飲む。
俺達もそれに続いて、まず一口。
香りの印象とは別に、お茶は渋みが強かった。
「うぅ、結構味が強いです」
「…………」
イーファの素直な感想に頷くと、室長が笑う。
「その代わり、目が覚めるじゃろ? 慣れると美味いもんじゃよ」
ごくごく飲みながら言う室長を、イーファが信じられないと言った目で見ていた。
「今は大変じゃろうが、そのまま資料を整理しなさい。話はついたので、近いうちに状況が変わるじゃろう」
打って変わって仕事の顔になった室長がそう言った。
「もうですか?」
驚く俺のとなりで、イーファが困惑していた。
「なんの話ですか?」
そういえば、この前のことはちゃんと話してなかったな。室長の態度が変わったことは気づいてたみたいだけど。
「この前の休みの夜、サズとちょっと仕事の話をしたんじゃよ」
「あー! 先輩、また休みの日に仕事したんですね! ルグナ所長に言われてるんですよ、先輩は放っておくと仕事漬けになっちゃうから、気を付けなさいって。働き過ぎて倒れた人だっているそうですよ!」
怒り出すイーファ。ルグナ所長、そんなこと言ってたのか。たしかに、ピーメイ村じゃ休みなく働く時期もあったけど。ちゃんと控えてるぞ。
「ふぉっふぉっふぉ。言われておるのう。たしかに、無理して働いても良い成果は出ないからのう」
「室長だって、休日に仕事してたじゃないですか」
「わしは室長じゃからな。自分の休日は好きに設定できる。基本、一気に仕事を片づけて、まとめて休みを取る主義じゃよ。じゃから、イーファ君に怒られるのはお前さんだけじゃ」
「あんまり続けて働くのも良くないらしいですよ? この前読んだ本で二ヶ月くらい休みなしで働いた女中の主人公が倒れてました」「過酷な物語を読んでおるのう……」
休日の夜にそんなの読んだのか。
室長からの仕事の話はそれだけだったようで、そこからは雑談の時間だった。
「資料室は調べ物をする部署だと思ってたんですが、どんなことを調べてるんですか? 職員さん、殆どいないですし」
話の流れで、イーファが核心を突く質問をした。
室長は笑顔で答える。
「ギルドの資料は各支部で保管しておるじゃろう。職員は気になる事件があった支部に向かい、そこで資料をまとめる仕事をしておる。現場で知るのが一番なのでのう」
なるほど。各地から資料が送られてくるのを待たずに、出払ってるのか。そうすると、年中出張なんだな、ここの人達は。
「それと、たまに珍しい仕事もある。そこに並んでる建国記だとか、冒険者小説の資料を求められた時、まとめることもあるのじゃ」「ほんとですか、凄いです!」
これには俺も驚いた。
本棚には孤児院にあった建国物語もある。物語としても新しいエピソードが多く評判の良いもので、俺も好きだった。
「あの棚の建国物語にも関わってるんですか?」
「思い出深い仕事じゃ。あの本を出すために、皆で百年前の資料を必死にたぐったものじゃよ。最後のページに資料室の名前も記してもらってある」
慌てて立ち上がったイーファが、本棚まで行って確認する。
「ほんとだっ、ここの名前が書いてあります! すごいです!」
「俺も好きで何度も読んだ本です。まさか、ギルドが関わってたなんて……」
驚く俺達を見て、室長は笑みを深くする。
「目の前でこういう姿を見ると、やって良かったと思うのう」
そう言いながら実に楽しそうに追加のお茶を注ぐ。
それからまた、真面目な顔になった。
「動きがあったらすぐに知らせる。数日以内じゃ。また、夜になると思うから、時間はあけておきなさい」
その一瞬だけ、鋭い目つきをしていた。
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