第48話:資料探索

 休日なんだか仕事なんだか微妙にわからない一日を終えた翌日、俺達は普通に出勤した。


「おはようございます」

「おはようございますっ」


 事務所にいる室長に声をかけると、軽く「おはよう」という返事があった。


「珍しいです、室長さんから返事がありました? なんだか反応も優しい感じでしたし」

「あの人も良い休日を過ごしたんじゃないのか?」


 イーファがそんな反応を見せたりしつつも、仕事に入る。

 これまでは一階の資料を漁って精査していたが、今日は二階だ。

 今のままでは情報不足、ならば大量の資料が眠っている別の部屋を見ていこうという方針である。もちろん、全ては今後のためでもある。


「……先輩」

「……これは大変だな」


 二階の一室に改めて足を踏み入れた俺達は、その場に立ち止まった。

 部屋としての構造は下とそれほど変わらない。ただ、棚や床に雑然と並べられた資料は高く山を作り、たまに丸めた羊皮紙まで転がっている。


 ある程度ここの資料を見た今ならわかる。雑然、なんて言葉じゃ済ませられない状況だ。

 

「二階と三階は未整理の資料だと聞いてたけど。これじゃあ、ダンジョン攻略情報どころか狙った年代のを探すだけでも……」


 軽く絶望しながらいくつか書類を見る。


「…………」


 ちょっと気になったことがあるので、更に周囲の書類に目を通していく。


「どうかしたんですか、先輩?」


 怪訝な顔で聞いてきたイーファに、驚きと共に俺は答える。


「大ざっぱにだけど分類されてる。なんとかなるかもしれない」

「ほんとですか! あ、ほんとだっ。良く見ると年代とか依頼内容とかで分かれてます。目印は殆どないですけど……」


 同じく書類を確認しながら、イーファも驚きの声をあげた。


「資料室の人達は、目印なんてなくても把握してるのかもな。室長が、ここの職員は資料をだいたい把握してるって言ってた」

「大体把握って、ちょっと覚えきれる量じゃないですよぅ……」


 世の中には一度見たものを忘れない人がいるという。噂だが、この国の大臣もそうだと言われている。もしかしたら、そういった人材が集中しているのがこの場所なんじゃないだろうか。


「記憶力が良くなる神痕持ちを集めるとか、とにかく得意な人を集めてるんだろうな……」

「なるほど。たしかにそれなら納得です。もしかして、資料室って凄いことをしてるんでしょうか? 私、ただ昔の書類を管理してるだけかと思ってました」

「職員が出払ってるのも理由も含めて、情報全般を扱ってるんだと思うよ」


 その使い道まではわからないけどな、という言葉は心の中にしまっておいた。

 これまで資料を見た感じ、ここの職員はとても優秀だ。マテウス室長の口ぶりからするに、表に裏にと色んな仕事をしていてもおかしくない。

 そうなると気になるのは依頼主だ。国の偉い人なのは間違いないとして、どの程度だろうか? 


「先輩?」


 考え込んでしまった。イーファがまた怪訝な顔でこちらを見ていた。

 切りが無い、それこそ現時点では想像しかできないことだ。


「今は自分の仕事をやろう。七年前と十年前のダンジョン攻略の情報。どこかにあるはずだから探してみよう」

「はいっ。頑張りますっ。ついでにあんまりにも散らかってる所は片づけちゃいましょうね」


 分類されてなさそうな場所や、資料らしき機材が山積みなところもある。そこでは、イーファの『怪力』に頼らせて貰おう。


「少し時間はかかるだろうけど、焦らずにいこうか」

「はいっ、頑張りましょう」


 こうして、俺達は文字通り、書類の山に挑むことになった。


 五日後、書類の山に挑んだ結果、ものすごく苦戦していた。


 ある程度だが、資料は見つけた。

 日付を頼りに色んなダンジョンの攻略状況を分類。室長に許可を貰った上で、未整理資料が載ってた棚を空けて、そこに順番に並べた。


 そこから、これまでの情報と組み合わせて、世界樹の根と思われるダンジョン特有の情報を得ようとしているんだけれど、なかなか見つからない。


 そもそも、資料が多くなりすぎてしまった。読むだけで時間がかかりすぎる。

 内容を精査して、何らかの特徴を見つけ出すまでにどれだけかかるか……。


「覚悟はしてたけど、長くかかるかもしれないな」


 二階の片隅で書類を見ながら軽く息を吐いた。


「これだけ調べたのに、先輩の神痕が反応しないなんて、相当ですね……」


 俺の『発見者』は基本的に必要な情報が出揃うと発動する。ギルドでの普段の仕事なら一日調べれば大抵のことに見当がつくくらいだ。


 それが今のところ、微塵も反応する気配がない。まだまだ全然、情報が足りないということだろう。


 もしかしたら、この建物全ての資料を読まなきゃいけないんじゃ?


 そんなことすら脳裏をよぎる。推測すらできない状況では、資料はひたすら積み上がっていく。とんでもない作業量になってしまうかもしれない。


 途方に暮れかけたところで、部屋に入ってくる人影があった。

 俺が用意した光の精霊を頭上に浮かべた、マテウス室長だ。あの日以来、態度が軟化して、たまにイーファ向けの店を教えてくれるなど、関係は良好になっている。


「苦戦しているようじゃな」


 俺達の挨拶に軽く会釈すると、やっぱり、といいたげな様子でそう言われた。


「どうかされたんですか?」


 イーファの問いかけに、室長は笑みを浮かべる。


「こちらも一段落ついたんでのう。少し、お茶でも飲んで一服せんか?」


 根が張ったかのように自席から動かない人のお誘いだ。

 何も無いわけがない。

 

 俺とイーファは迷わず了承した。

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