第47話:夜にわかること
俺達に用意された宿舎は資料室に程近い、王都中心近くの良い立地に設けられた大きめの建物だった。
アストリウム王国は冒険者が建国した国だ。およそ百年前の都市計画時に確保された用地を贅沢に使い、その後も維持管理された建物が滞在先として用意されていた。
しっかり増改築が行われているおかげで建物は傷んでいないし、王都中心近くとは思えないくらい敷地が広い。食堂の他、訓練所を兼ねた小さい中庭があるほどだ。
基本的に上位の冒険者やギルド職員が出張した時のために用意されている施設で、本来なら俺とイーファが利用できるような場所じゃない。これも全て、ルグナ所長の手配だろう。
「先輩。今日はありがとうございました」
「楽しかったよ。また明日」
夕食を食べた後、イーファは足取り軽く自室へ向かった。途中で本を買ったので今日はそれを読むらしい。
「…………行くか」
それを見届けた俺は、再び外に出た。
王都は中心部に向かうほど治安がいい。それは夜でも変わらず、大きな商会などは店先に照明を設置しているおかげで、意外と暗くない。
念のため、できるだけ明るい道を選んでいく。精霊魔法で明かりを作ってもいいんだけど、目立つからやめておいた。
少し歩いて、俺は通い慣れてきた資料室に到着。
入り口の扉を調べると、鍵は開いていた。
「……よし、開いてるな」
ちょっとほっとしてから、俺は建物に入る。
資料室で作業している間に、室長の机近くに職員達の過去の出勤状況の書類が置いてあるのを見かけた。それによると、昼も夜も、休みも無く職員が出入りしてるようだった。割と休日は自由に取る感じらしい。
俺が来た理由は別だ。昨日、昼食から帰ってきた時、読んでいた資料に流麗な文字でこの時間に来るように書かれたメモが挟まれていた。
事務所に入ると、光る石の淡い明かりがついている。
「来たようじゃな。やる気があって感心じゃ」
待っていたのはマテウス室長だった。さすがにこれは考えるまでもないことだ。ただ、いつもと雰囲気が違う気がした。どこか、穏やかな気配がある気がする。
「そんなに緊張するでない。ちょっと話をしたいだけじゃよ」
「休日の夜の呼び出しは驚きますよ……」
言いながら、光の精霊を生み出して、室内を明るくしておく。
俺が前に座ると、見ていた書類を置いて室長は話を始めた。
「すまんな。普段は自分の仕事が忙しくて、こういう時でないと話す時間を確保できんのじゃ」
「これも仕事の一環なんですね」
「うむ。わしも自分の仕事が一段落してのう。それでこの時間じゃよ。ようやく興味深い話を聞けるのう」
見れば、机には小さな書類が一纏めになってる。なにか情報を整理していたんだろう。
「今日はわしの出勤日じゃが、今は業務終了後じゃ、重ねて言うが、緊張せんでいい」
それで少し雰囲気が違うのか。普段の態度はこの人なりの公私の区別なんだろう。
「興味深い話っていうのは、ピーメイ村のことですよね?」
「左様。お前さんの推測は面白い。ようやく資料を読む時間ができたので一気読みじゃ。そこでサズ、当事者たるお前さんから詳しい話を聞かせて欲しい。あの山奥で、その『発見者』の目で何を見てきたのかをのう」
「わかりました。できる限り順を追って話します」
そう言って、俺はピーメイ村であった出来事を順番に話し始めた。
説明に要した時間は二時間くらい。時々、室長から質問があったが、どれも的確だった。むしろ俺の説明を誘導している節すらあるほどで、その巧みさに舌を巻いた。
話を聞き終えると、室長は満足気に頷き、楽しそうに笑った。
「やはり、この仕事はやめられんのう。とっくに終わったと思った場所で、こんなに面白い話を聞けるとは」
「面白い、ですか?」
「む、命がけで戦ったお前さんに言う言葉ではなかったかもしれんのう。だが、今まで現れたことのない危険個体。なぜか神痕を宿した娘。幻獣、魔女。そして、お前さんの推測。情報を扱う者として、これほど興味深いことはない、ということじゃよ」
情報をかみ砕くように何度も頷きながら室長が言う。
それから突然、俺の方を真っ直ぐに見て、仕事用のいつもの顔になった。
「この数日で、お前さん達二人が真面目に仕事をする者であることもわかった。資料の扱いも心得ておる。そして、今の話。わしも資料室の室長として、少しは手を貸そうという気になった」
「手を貸す……ですか?」
やっぱり品定めされていたのか。他の場所に顔を出させないことといい、何か狙いがあると思っていたけれど。
とりあえず、どうやら合格だったことに安心しておこう。
「そうじゃ。お前さんの言う世界樹跡地の魔物出現と、王国内ダンジョンの相関関係の証明じゃが。ちと手間取っておるじゃろう? この建物の一階にある資料は、おおまかにまとめたものばかりでのう。詳細は上の階にある。雑多な状態でな」
「……それは、時間がかかりそうですね」
それを二人で調べるのは辛そうだ。まとめられた資料を読んでいる今でも辛いのに。
「今はわし以外いないが、資料室の人員は並外れた情報馬鹿で構成されておる。ここにある書類の内容が大体頭に収まっている奴ばかりじゃ。……そいつらを呼び戻せるよう動いてみよう」
それは願っても無いことだ。情報の扱いの専門家の協力を得られれば、一気に調査が進むかもしれない。
「話が付くまで、お前さん達は、連中の作業のための情報を集めておいてくれれば良い。どうじゃ?」
「願ってもない話です。ありがとうございます」
思わず反射的に礼をいうと、室長は満足気に頷いた。
「では、話は終わりじゃ。明日も仕事じゃからな、帰って休むがよい。こんな夜に呼び出してすまんかったの」
それで話は終わりとばかりに、室長はまた別の書類に目を向けた。
思いがけない仕事の進展を得た俺は、ちょっとした達成感と共に夜の王都で帰路についた。
まだ夜も早いので、賑やかな道を歩きながら、俺は一つ気になることがあった。
室長は部下を戻すために話をつけるといった。つまり、室長の一存では外出している職員を戻せないと言うことだ。あの場の責任者なのに。
あの資料室には更に上の意向が働いているということだろうか。
今後、もっと想像をつかない人が出てくるかもしれない。
心構えだけは作っておこう。
そう考えながら、俺は足早に宿舎に向かっていった。
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