第46話:王都の休日
資料室に配属されて三日ほどたった。
ギルドの記録の精査は思ったよりも時間がかかりそうだった。
幸い、ピーメイ村の記録があるおかげで調べるべき時期ははっきりしている。
俺とイーファは目の前に積んだ資料から、十年前と七年前の該当時期を見つけ出し、何度も何度も内容の精査を繰り返した。
しかし、思ったよりも難航した。
なかなか、これといった情報に行き当たらず、夜になるまで二人で唸りながら書類をひっくり返していたところ、マテウス室長から「根を詰めすぎじゃ」と言われてしまった。
そこで、ちょうど指定された休日もあったことだし、気晴らしを兼ねて出かけることにした。
「うわー。本当に本の挿絵のとおりですよ、ここ!」
そんなわけで、王都に来て最初の休日。俺はイーファの観光案内をすることにした。
今俺達がいるのは、王都に何カ所かある噴水広場だ。イーファの希望で北部にあるちょっと広めに作られた、公園が併設されている住民達の憩いの場にやってきている。
王都の北側は土地に余裕があり、この辺りは静かだったはずだが、不思議と噴水周りは混んでいた。
「思ったよりも人がいるな」
「それは最近、人気作『流浪の料理人の愛憎事件簿』の舞台になったからではないかと思いますっ」
噴水をきらきらした目で見つめつつ、なんか嫌な予感のするタイトルをイーファが口にした。
「……王都が舞台の話なんだな。それでこんなに人出が変わるなんて凄いもんだ」
「人気作家の人気作ですから。これがもう凄くてですね。王都のとあるお屋敷に雇われるんですが、そこの使用人と主人が五人くらいと複雑な愛憎関係で……」
ニコニコとドロドロした恋愛模様を説明するイーファ。残念ながら、こうなったら止めることは難しい。
「それで、途中の場面で夜中に、ここの噴水が出てきてですね。……刺されるんですよ、一番良い人が。水が真っ赤に染まってですね。月明かりに照らされて赤く染まる噴水の描写が印象的で……」
「そ、そうなのか……」
なんだかこの噴水を見る目が変わりそうな話だ。
周囲に人は多いが、誰もイーファが剣呑な話をしたことを気にしている様子はなかった。それどころか、近くに居た女性の何人か満足気に頷いてた。そういえば、女性が多いな。みんな読者か。
「はぁー、しかし凄いですねぇ。私、噴水って初めて見ました。クレニオンの町にもないですもんね」
イーファはピーメイ村出身で、クレニオンより向こうにいったことなかった。王都に来るまでにも大きな町を見る度に歓声をあげていた。こうして国で一番栄えている都市を見ることは、彼女にとって良い経験になるだろう。
「もともと百年前、アストリウム王国が興された時は小さな港町だったんだ。初代国王が仲間達と都市計画を考えて、その時のパーティーの一人が人々の憩いの場を多く作ることを提案したんだ。ここはその時の名残だよ」
「するとこれは百年前から動いてるんですかっ。凄い働き者ですねぇ」
しみじみと頷くイーファ。たしかに、点検されている時をのぞけばずっと動いているんだから、働き者だ。
ただ眺めるだけでは芸が無い。何かないかと辺りをを見ると、店が出ていた。なんか、「血まみれタルト」なるものが売っている……。作品人気の便乗商品というやつだろうか。
「どうしたんですか、先輩?」
「いや、あっちの出店のタルトがな……」
「あ、あのタルト、作中に出てきたやつの再現ですよ。特製ラズベリータルト。すごい美味しいんだけれど、血まみれの現場を見た後で、誰も食べないんですよ」
なかなか凄惨なエピソード付きの商品だった。
「良ければ食べるか? 奢るよ」
「いいんですか! いえ、今日は先輩に王都を案内し倒してもらうんですから、ここは私が」
「いいよ。さすがに後輩に奢ってもらうわけにはいかないし」
「む……では、ここはお言葉に甘えます。でも、御礼は必ずします、冒険者の流儀ですからね」
受けた恩は返す、冒険者のそんな風習を口にしながら、イーファは屋台に向かっていく。
俺達はギルド職員が本業なんだがな、と思うのは野暮だろう。
名前はともかく、タルトは美味しかった。
その後も、俺はイーファを王都を案内した。とはいえ王都は広い。北部の噴水広場周辺の市場とか有名店とかを眺めたりの、散歩に近い形になった。
「ありがとうございます、先輩。解説付きな上に、お店まで教えてもらって。さすがの詳しさです」
大袋をいくつも抱えながら宿舎に向かうイーファは上機嫌だ。ちなみに袋の中身はお菓子や日用品である。
「店なんかは昔の仲間に教わったんだよ。俺はあんまりそういう買い物しないからな」
「そうなんですか?」
「無趣味すぎるって言われたな。休みの日にすることないのかとか、よく説教されたよ」
懐かしいな。
孤児院を出た後、生きるのに精一杯だったこともあって、俺は趣味らしいものを持つ余裕が無かった。
それ今もそれは続いている。休みの日なんか、することがあんまりないのも困ったもんだ。ピーメイ村に行ってからは温泉が好きになったけれど、残念ながら王都にはない。
「なるほど。それじゃあ、先輩はこれから好きなものが沢山できるってことですね」
横を歩くイーファがにこやかに言った。
そういう考え方もあるのか。たしかに、趣味がないなんて、わざわざいうことでもないな。これからいくらでも興味を持ったことに手出しすれば良いわけだ。
なんだか、当たり前のことにすら気づくのが遅いな、俺は。
「……そうだな。さし当たっては、温泉の王のところの温泉に入りたいよ」
「たしかに、書類仕事で疲れた体に良く効くでしょうねぇ」
幻獣の管理する温泉を懐かしみながら、俺達は宿舎への帰路につく。
静かなピーメイ村の夕暮れ時も良かったが、王都の雑踏をのんびり歩くのも悪くない。
「……孤児院、行けなくて残念でしたね」
「仕方ない。機会を待つよ」
ぽつりといったイーファに、俺はできるだけ気楽な口調で答えた。
資料室に行った初日の帰り際のことだ。
マテウス室長から「西部支部と孤児院にはまだ行くな」と言われた。しかも、明確に業務命令だという言葉付きで。
俺達の休日の行動まで制限をかけるなんて、普通では考えられない。抗議しようとしたら、「すぐに理由はわかる」と押し切られてしまった。
間違いなく。何かが動いている。ルグナ所長も把握していない所からの圧力だろうか。
だとすると、出所はどこだろう。現状、俺達にそこまで利用価値はないはずだが。
「先輩?」
色々と考えていると、イーファが心配げな様子でこちらを覗き込んでいた。
あんまり、この子の不安を煽るようなことは言わない方がいいな。ただでさえ、慣れない土地にいるんだし。
「まあ、いざとなったらルグナ所長を頼るとしよう」
「ですね。王族ですから、きっと何とかしてくれますっ」
努めて気楽にいうと、イーファも調子を合わせて同意してくれた。
それからは、今日一日を振り返る、他愛のない話をしながら宿舎に戻ったのだった。
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