第45話:冒険者ギルド資料室

 俺とイーファは資料室の一階の部屋を一通り確認した。

 全て薄暗いものの、各所に照明が配置されていて、閲覧するに十分な光量が確保されていた。窓は閉められ、外からの光は極力排除。資料についても一階に関して言えば、時代と地域ごとに細かく分類された報告書が棚に収まっていた。


「俺達に丸投げするわけだ。これなら、なんとかなるかもしれない」

「ですね。でも、物凄く量が多いですよ?」


 棚に収まった分厚い紙を表紙にあつられた冊子の中を見ながら、俺とイーファはそう確認する。資料室というより図書館を連想する光景だが、中身は全てギルドの記録である。ダンジョン以外にも王国各所で起きた事件まで記載されていて、しかも読みやすい。


 二階の方も少し見てみたが、そちらはもっと雑多な感じだった。冊子になっていない資料がそのまま丸めて置いてあったりと、いかにも未整理な様子。

 二階の資料も気になるが、あちらを精査するだけの余裕はない。ルグナ所長から期限は言われていないが、ある程度で経過報告して、西部ダンジョン攻略に合流したい気持ちもある。


「……とりあえずは、十年前を中心に調べてみよう」

「村で準危険個体が出現した年ですね。たしか、季節は夏でした」


 まずはわかりやすい目標をたてる。

 十年前の夏、王国内のダンジョンの記録を調べて、明らかにピーメイ村と関係する事件や変化があれば、手がかりを得られる可能性が高い。

 その年の記録は持って来ているので、準危険個体討伐後に、王国各所で変化があったかも検証できる。


「現れた魔物とか、時系列で追っていけば関係してるダンジョンを判断できる可能性がある。それを手がかりに、他の目立った年も調べていけば、なにかわかるかもしれない」

「先輩、七年前も調べませんか?」


 イーファの言葉に、俺は驚いた。


「…………」


 思わず、じっとその顔を見たが、いつも通りだ。明るい性格を反映したような瞳は揺らいでいない。

 七年前は、イーファの両親が消えた年だ。ピーメイ村の調査討伐は普通に終わった年だが、なにか王国内に変化があってもおかしくない。


「駄目ですか? できるだけ怪しい年を調べた方がいいと思うんですけれど?」

「いいのか?」

「もちろんです。先輩、お仕事で来てるんだから気にしちゃ駄目ですよ。私だって、もう大人なんですから気遣い無用です」


 気を使わなくてもよい、とばかりに両手を腰にあてて抗議された。

 俺なんかより、よっぽどイーファの方がしっかりしてるな。


 本人がいうなら方針決定だ。ピーメイ村で今年を除けば、特に異常があったのは十年前と七年前。そこを当たるのが一番妥当だ。


「よし。じゃあ、まずはその二つから当たっていこう。ダンジョン関係の棚から時期を見付ければすぐだな」

「はい。頑張りましょう!」


 イーファの元気な返事と共に、作業が始まった。

 そして作業はすぐに終わった。大量の資料の発掘と共に。


 いや驚いた。王国内の特定年度の特定季節のダンジョン報告だけでここまで膨大だとは。机二つが埋まるくらいの資料が出てきてしまった。

 資料室の中で大量の冊子を見つけた俺達は、廊下にあった台車にそれらを乗せて事務所に移動する。


「……先輩、王国内で稼働してるダンジョンって、どのくらいあるんですか?」

「ちゃんと調べたことないけど、百近かったかもしれないな」


 色々と状態に違いはあるけど、たしか、そのくらいのはずだ。伊達にダンジョンが産業の国じゃないな。

 一〇年前と七年前の二つといえど、合計でダンジョン二百カ所分の資料と共に、俺達は移動する。

 

「まあ、中を見た感じ良くまとまってるから、案外何とかなるかもな」


 冊子は資料室の人がまとめたもので、報告が簡潔かつ明瞭にまとめられている。どこで何があったかくらいの分類はできそうだ。


「しばらく書類と格闘なのは覚悟してましたけれど、想像以上ですね」


 そんなことを言いながら事務所に到着。

 とりあえず、マテウス室長から許可は出ているので、空いてる机に陣取った。

 しかし、室内は薄暗い。見れば室長は自分の机の上に光る石のランタンを置いている。


「光る石は向こうの棚じゃ。紙もあるからまとめるのに使いなさい。いや、明かりはお前さん達には必要ないんじゃったな」


 資料が山積みになった机の向こうから室長の声が聞こえた。どうやら、俺が精霊魔法の使い手なのはご存じらしい。


「ありがとうございますっ。先輩、紙をいただいて来ますね」


 早速イーファが棚に向かっていく。

 そうなると、俺は明かりだな。


「光の精霊よ。明かりになってくれ」


 光があれば、そこに精霊は存在する。

 俺がお願いすると、目線の少し上に光の球が生まれた。すっかり見慣れた光の精霊は、机の上に浮かぶと周囲を明るく照らしてくれる。慣れたもので光量もちょうどいい感じだ。


「ほう。精霊魔法は久しぶりに見るが、やっぱり便利なもんじゃのう」 


 室長が顔を出して、こちらを見ていた。


「良ければ室長の分も作りましょうか?」

「お、それは助かる。このランタンも悪くないが、光の精霊の方が自然に近い明るさで見やすいんじゃ」


 きっと過去に精霊魔法の使い手に会ったことがあるんだろうな。どこか懐かしむような、凄く実感の籠もった言い方だった。

 とりあえず俺は光の球を追加して、マテウス室長の机の上に移動させる。


「どのくらいの時間使いますか?」

「お前さん達が帰るときに消してくれれば十分じゃよ」


 そう答えると、室長はすぐに書類の向こうに引っ込んでしまった。

 

「お待たせしました。さすが、良い紙が置いてありますね」


 紙とペンとインクを手に、イーファが感動気味に言いながら、両手に筆記用具を抱えてきた。とりあえず、仕事の準備は整った。

 俺達が揃って台車から資料の冊子をとって、席につこうとしたところで、マテウス室長が「イーファ君」と呼び止めた。


「精霊魔法の礼に、これをやろう。この辺りでおすすめの食堂の情報じゃ。若者向けじゃし、沢山食べれるので、イーファ君も満足するじゃろう」


 そう言って、小さな紙に色々書いてある紙片をイーファに手渡す。


「あ、ありがとうございます……」


 戸惑い気味にイーファが受け取り、持って来た紙を見ると、たしかに近くの店の名前とおすすめメニューが書いてある。中には、自分の名前を言えという指示までされていた。

 俺も王都のこの辺りは詳しくないのでありがたいリストだ。それに加えて、気になることがあった。


「あの、室長。なぜ、俺ではなくイーファも満足って言い方なんですか?」

「なにかおかしかったか? 『怪力』持ちのそっちの方が大食いじゃと聞いておったが?」


 たしかに、それは否定できない。神痕の力で消耗が大きいのか、イーファはよく食べる。


「う……神痕を使うとおなかが空くのは仕方ないんです」


 イーファはちょっと恥ずかしそうだ。


「まあなんじゃ。資料室に来る者のことくらいは把握してるということじゃよ」


 書類の向こうで老人が笑った気配があった。

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