第44話:王都到着

 アストリウム王国の王都ステイラは、とても賑やかだ。王国のほぼ中心に位置しており、南東部には港が、それ以外の東西と北には大きな街道が接続されていて、あらゆる方面から人と物が流入する。

 

 建国当初は城壁に囲まれた小さめの都市だったが、この百年間で二度の拡張が行われ、そのたびに新たな城壁が築かれた。

 三層もの城壁を持つ巨大な街となった後も発展が進んだ結果、都市計画が追いつかず、今では壁の外に町並みが広がっているほどだ。


 一番外側の街は、増え続ける人口に合わせて間に合わせで都市計画を行ったため、少々雑多であり、歴史ある中央部に向かうほど都市としては綺麗に整備されている。


 俺とイーファはステイラ中心近くの雑踏の中を歩いていた。はるか西のピーメイ村は自然の音に包まれているが、ここでは人の音が周りから押し寄せてくる。

 ちょっとした規模の町までしか見たことのないイーファは戸惑いつつも、何とか俺に着いてきていた。


「ここだな。話に聞いたことはあるけど、初めて来た」


 王都中心部は俺にもあまり縁の無い場所だ。手にした地図を頼りに、ようやく目的地に到着した。


「私は全部初めてです。本当にすごいですね、どこにいっても人でいっぱいですっ」

「特にこの辺りは中央に近いから、王都でも賑やかなところだよ。しかし、まさかいきなりここに向かうように言われるとはなぁ」

「ほんと、本部は思ったよりもあっさり対応でしたね」


 俺達は揃って目の前の建物を見上げながら、そんな話をする。

 

 視線の先にあるのは三階建てのいかにも頑丈な石造りの建物だ。質実剛健とした、しゃれっ気のない実用重視と存在が主張している。強いていえば、色あせた赤い屋根が特徴だろうか。

 窓は小さく、そこにも鉄格子がはまっていてまるで牢獄のようだ。一階部分に増築されたらしい建物があるが、そちらも灰色の石造りで建物としての調和がとられていた。


 目の前にある建物は、冒険者ギルド資料室。

 アストリウム王国の冒険者ギルドで作られた、あらゆる情報が集まる場所だ。

 この資料室の人員は、王国各地の情報を収集し、ここにまとめる役割をもっていると聞く。

 俺が聞いた噂だと、冒険者に関する情報ならどんなものでも翌日には調べ尽くすほどだとか。

 たしかに、世界樹の根の秘密を解き明かそうとしている俺達にピッタリの場所ではある。


 俺とイーファはピーメイ村から山こえ谷こえ十三日ほどかけて王都に到着。

 王都のギルド本部に挨拶にいったら、受付で翌日からここに向かうようにと書類一式を渡された。

 そこに書かれていたのは資料室での活動許可と滞在中の宿舎の案内だった。

 長旅に疲れていた俺達は素直に宿舎で一泊、朝早く起きて新しい職場に向かったという感じだ。


 隣のイーファを見ると、落ち着き無く周囲を見回している。その目は好奇心に輝いていた。

 彼女にとっては全てが人生初の場所だ。そのうち、王都見物もさせてあげなきゃいけないな。


「とりあえず、入るか」

「ですね。まずは挨拶ですよね。と、都会って、なにか挨拶のしきたりが違ったりしますか?」

「イーファならいつも通りにすれば大丈夫だよ」


 話しながら玄関まで歩き、堅そうな木材を鉄で補強された扉の前に立つ。

 何度かノックするが返事がなかったので、そのままゆっくりと中に入った。本部での情報通りだ、返事は期待できないからそのまま入るようにとのことだった。


 資料室の中は中は薄暗く、まるでダンジョンのようだった。


「なるほど。書類を痛めないために、照明はあれか」

「初めて見ました。王都の部署はお金持ちですね」


 壁や天井に用意されている燭台などに見えたのは蝋燭の火ではなく、設置された光る鉱石だった。

 光る石、とそのままな呼び名で流通するダンジョン産出の鉱物で、衝撃を与えると光るという素晴らしい能力を持っている物品だ。ちょっと高価だが、効果時間が長くて使い勝手がいいので冒険者はよく使っている。

 噂通り、相応の資金を使われている部署らしい。


 建物に入ってすぐに受付はなく、左右に廊下が広がっていた。すぐ正面に事務所のプレートがついた扉があったので、とりあえずノックしてみる。


「なんだね」


 奥から男性の声で返事があったので、扉を開けた。


「失礼します」

「失礼しますっ」


 入った部屋も、やはり薄暗かった。

 机が八台置かれ、あとは壁や床のスペースにできるだけ棚が設置されている部屋だった。机も棚も、大量の書類が収まっている。

 一見、ここも資料室のようにも見えかねないが、それは間違いだろう。ここは情報にまみれながら作業する場所だ。


 中の光景にイーファと共に圧倒されていると奥から声がかけられた。

 

「おう。来客か、こっちじゃよ」


 声のした方に歩いていく。

 室内の一番奥の机。もっとも使い込まれ、もっとも高級そうな机に向かっていたのは老人だった。

 白髪に白く豊かな髭を蓄えた男性だ。長年かけているであろう眼鏡の奥の瞳は鋭く、ゆったりとした服装で椅子に座る姿はまさにこの部屋の主という貫禄がある。


「ピーメイ村から来ました、サズです」

「同じく、イーファです」


 よろしくお願いします、と挨拶すると老人は、書類を手にしたまま一瞥してから言う。


「室長のマテウスじゃ。話は聞いておるよ。ここは事務所、机は余っておるから好きにして良い。全ての階の部屋は入れるから自由に調べるといい」


 それだけ言うと、マテウス室長は作業に戻った。


「…………」


 あまりにもあっさりした挨拶に呆気にとられていると、もう一度マテウス室長が顔をあげた。


「なんじゃ、なにかまだあるのか?」

「えっと、これは勝手にやれということでしょうか? 資料室所属でない人間が?」

「あ、あの、他の職員さんはいないんですか?」


 さすがに戸惑って聞くと、マテウス室長は「ふむ」と唸って頷いた。


「ここの職員は忙しい。資料はある程度分類してあるのでお前さん達でも探せるはずじゃ。そもそもお前さん達、自分の仕事がわかっててここに寄越されたんじゃろう?」


 とりつくしまもない。協力的とは言いがたい感じだった。

 仕方ない。最低限、許可はくれただけで良しとしよう。資料室は情報を扱うプロだから色々と教われるかと期待してたんだけど、これは望み薄かもしれないな。


「了解しました。書類をあたらせて頂きます。イーファ、手伝ってくれ」

「もちろんです。あ、失礼しますっ」


 歩き出した俺についてきたイーファが一礼しつつ、事務所の出口に向かう。

 ドアノブに手をかけたところでマテウス室長から声が来た。


「あまり根を詰めすぎないようにのう。夜になったらちゃんと帰るんじゃぞ」


 どうやら、仕事の時間には厳しいタイプらしい。それだけは、把握できた。

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