その頃、王都では……3
これは予定と違う。こんな話は聞いてない。
喧噪渦巻く王都西部ダンジョン攻略支部の自席で、書類を見ながらヒンナルは脳内で何度もその言葉を繰り返した。
そもそも自分は既に準備の整ったダンジョン攻略の責任者になったはずだ。あとは計画通りに進めば順次攻略しておしまい。基本、座って進捗を見守るだけの簡単な仕事。
それがどうだ。今や攻略は停滞、突如現れた危険個体とかいう魔物に冒険者達が攻めあぐねている。
「あの、依頼を貼る許可をください」
「……わかった。これを郵便で出しておいてくれ」
「わかりました」
いつもの受付嬢から書類を貰うのと引き換えに、封書をいくつか手渡す。宛先は自分のコネだ。状況を改善するため、冒険者や支援物資の手配を頼む手紙である。
正直いうと、今すぐこの席を誰かに譲って逃げたい。だが、どうやらそれは許されないことを、ヒンナルは今更実感しつつあった。
「ヒンナル君。大丈夫かい? 色々大変そうだけれど」
西部支部の所長がやってきて言った。一番の曲者はこの人当たりの良さそうな男だった。ギルド本部の面々にも根回しをして、「彼が自分から志願したことですから。もう少し様子見をしては」といって、ヒンナルを席に釘付けにしているのだ。
「ええ、大丈夫ですよ。なんとか、探索を進めようと方針を模索中です。物資類も増やしていますから」
「それは良かった。君の仕事だからね、これは」
朗らかな課長の笑顔が、ヒンナルにとってここ最近は一番の恐怖だった。
ダンジョンの攻略は停滞しているが、状況は悪くない。現れた危険個体に対して情報を収集し、どうにか対処法を検討している。
冒険者の怪我人は最初以外には出ていないし、会議などで方針が出ているので、準備は整っている。
だが、ヒンナルには今がどんな状況で、今後どう判断すべきかわからない。
冒険者ギルドに長く所属しているが、基本的に素人なのだ。危険個体という言葉も今回初めて知った程の。
ダンジョン攻略がそれなりの形になっているのは周囲のフォローと、西部支部の所長を始めとした人々の影からの援助のおかげに他ならない。
「本当はもっと強力な冒険者が必要なんです。『光明一閃』も頑張っているんですが」
「彼女達の他に、もう少し強い冒険者がいればいいんだけれどねぇ」
「…………」
所長の言葉にヒンナルは沈黙しかできない。有力な冒険者達は初期から中期にかけてのヒンナルの失策に呆れて、どこかに行ってしまったからだ。
「そうだ。サズ君の残した引き継ぎ書類になにか書いてあるかもしれないよ? ああ見えて彼は優秀だったからね」
「書類?」
またも聞きたくない名前を耳にしたが、それ以上に気になるのが覚えのない書類のことだった。そんなものあったろうか。
「サズ君が出ていった時、君に渡していたよ。そこの引き出しに入れていたはずだけれど」
「…………これですね」
使っていない一番下の引き出しの奥を見ると、確かに書類が出て来た。ダンジョン攻略についての引き継ぎ事項と書かれている。
「……これは、良くまとまってますね」
「サズ君は元冒険者でダンジョン攻略にも詳しいからね」
多少なりとも経験を積んだおかげで、ヒンナルにも引き継ぎ書類の有用さは理解できた。必要な物資、冒険者への注意事項などが良くまとまっている。
「しかし、今となっては使えないです……」
残念なことに、書類の内容の大半は攻略初期の頃を念頭に置いたものだった。危険個体が出た場合などのことは書かれていない。そもそも、「少しずつ冒険者を育てつつ、攻略する」という最初のページに書かれている事柄がもう実現不可能だった。
「…………」
「使えないのは残念だね……。実は別の援助方法を伝えに来たんだよ。ギルド本部にかけあってね、補充の冒険者と職員が来るかもしれない」
「ほんとですか?」
ヒンナルの目が明るさを取り戻した。この課長はプレッシャーをかけて来るが、同時に適切な援助もしてくれる。今回もきっとそうだ。そんな期待があった。
「うん。上手くすればダンジョン攻略に目処もつくかもしれない。だから、今は情報収集を念頭においておくといいと思うよ」
「それはもう。徹底的にやって、書類も保管しておきます」
足下が崩れかけた自分の状況をどうにかできるなら何でもいい。情報集めくらい、いくらでもやる。
「じゃ、伝えたいことはこれだけだから。次は会議で」
「はい。ありがとうございます」
少しだけ見えた光明に、ヒンナルは明るく礼を言った。
やってくる人材が、自分に終わりをもたらす者だということなど、完全に想像の外であった。
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【あとがき】
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
今回で第一部「左遷編」は完結となり、更新はお休みとさせて頂きます。
ある程度書き溜めができましたら、「王都編」を始めますので、しばらくお待ちください。
また、現在新作の「昔やりこんだゲームの世界に転生したら、いきなり全滅ルートに突入した件」という作品を投稿中です。
良ければそちらも読んで、楽しんで頂ければ幸いです。
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