第29話:相談、王と魔女と

 ピーメイ村の魔物調査討伐は、一時的に停滞していた。

 仕方ない、ルグナ所長が諸々の話をつけてくるまで、うかつに動くわけにはいかない。


 ピーメイ村冒険者ギルドは魔物調査討伐の範囲を縮小し、今回の依頼で既に探索済みのところの再調査に切り替えた。未探索の場所は、今いる人員で対応するには危険すぎる。


 これまで調べた場所はピーメイ村周辺地域の半分ほど。元世界樹の円形の土地がだいたい真ん中までに調査済みの点が打たれている。


 まだ未調査の地域は距離の関係で日数がかかる上、普段人が入らないだけに危険が予測されるので一調査禁止だ。

 再開はベテランの冒険者がやってきてからになる。上手くいけば『癒し手』の神痕を持つ人も来てくれるはずだ。危険個体、あるいは中枢相手なら回復できる人の存在は不可欠となる。


 状況は緊迫しているが、村内の雰囲気は少し緩やかになっていた。

 既存の地域の再調査中心になり、今のところ危険個体との遭遇は無い。

 再度現れた魔物がたまに狩られる程度で、冒険者達もここぞとばかりに休息をとっている。

 それぞれ、町まで戻って買い物したり、訓練したり、ギルドの温泉に入ったりと様々だ。


 そんな中でも忙しいのは俺達ギルド職員だ。むしろ、こういう合間の時間に次の準備をしなければならない。


「思ったんだけど、職員と冒険者を兼任してるって、激務すぎないか?」

「やっぱりおかしいんですねっ。普通のギルドってこのくらい働くんだと思ってました!」


 ピーメイ村の外に広がる森の中を歩きながら、俺とイーファはそんな会話をしていた。

 そもそもピーメイ村のギルドが暇だったから俺達の兼任は成り立っていた。それが今となっては労働環境が大変なことになっている。我ながら恐ろしい人事を受け入れてしまった。


「これが終わったら俺はゆっくり休むぞ。ゆっくりと温泉とかに入って」

「ぜひご一緒させてください。王様にご馳走を用意してもらいます」


 まだ見ぬ休暇の相談をしながら向かうのは、温泉の王のところだ。

 探索再開に向けての準備、それには温泉の王の協力が必要なのである。


「よくぞ来た。大分忙しいようだな。体を癒していくがよい」


 温泉地につくと、厳かな雰囲気をまとったスライムが、いつものように優しく出迎えてくれた。

 相変わらず不思議な動作でお茶を用意してくれた温泉の王は、静かに俺達の言葉を待つ。


「今日はお願いがあって来ました。この地を冒険者の一時滞在地にさせていただきたいのです」


 真剣な態度で切り出すと、温泉の王は「ふぅむ」と唸った。


「……探索の拠点、ということだな。危険な魔物に出会ったと聞くが?」

「はい。ブラッディア。鹿の魔物に遭遇しました。イーファのおかげで何とか倒せましたが、この地域にまだいる可能性があります。更に、もっと危険な魔物もいるかもしれません」

「王様のいる場所は魔物が出現していないし、温泉も水もあります。ここにキャンプを作らせて貰えると助かるんです」


 俺に続いてイーファが言うと、王様は厳かに頷いた。首もないのに器用だ。


「……うむ。我としては構わぬのだが、隣人がな……」


 なるほど、魔女ラーズさんか。たしかに難しそうだ。拠点になると冒険者や商人が集まってくる。あの人はかなりの人見知りだから困るかもしれない。

 しかし、あれは近所に住んでると言っていいんだろうか、よく見えなくなるんだけど、それも家ごと。


「どうにか説得できませんか。この地域全体の危機ですので」

「あのあの、私からもお願いします」


 イーファと共に頭を下げると、王様は軽く天井を見上げて思案しつつ言った。


「では、サズ君。君は魔女の家で一晩過ごす覚悟はあるか?」

「えっ」


 その声は、横にいるイーファのものだった。見れば、なんとも言いがたい表情をしている。


「い、命に関わることでしょうか?」


 魔女と一晩、尋常ではない。イーファの動揺も頷ける。恐ろしい儀式に巻き込まれるのだろうか。


「それはない。安心するがいい、我も一緒だ。楽しいぞ」

「あ、あの。私も一緒に……」

「イーファはまだ子供だから駄目だ」

「ぐぅ……」


 本気で悔しそうな顔で、イーファが呻いた。

 俺は軽く思案する。温泉の王は危険のない幻獣だ。ラーズさんは魔女だが、こちらに災厄をもたらす存在だとは思いにくい。むしろ、精霊魔法をくれるなど、俺を手助けしてくれる。

 打算的な考えになるが、友好的な関係を作っておくのにこしたことはない。


「わかりました。ラーズさんのところに行きます」

「では、後ほど説明しよう。まずは温泉で疲れを癒すが良い」

「ありがとうございます」


 話はまとまったとばかりに、和やかな雰囲気になる俺と王様。


「一晩中、魔女さんのところでなにを……」


 横で、イーファがうわごとのようにそんなことを呟いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る