第28話:大騒ぎ

 ギルドに戻って報告したら、大騒ぎになった。

 なにせここ十年以上、この地域に危険個体が現れた記録はない。

 その上まずいことがある。

 危険個体と呼ばれるこの手の魔物は、複数出現するケースが多いのである。


 つまり、場合によってはピーメイ村周辺にブラッディアが複数いることになる。

 あの鹿は自然系ダンジョンではかなり危険な魔物であり、ちょっとした冒険者なら蹴散らされてしまう。

 そんな魔物が田舎の元ダンジョンにいるのは非常に危険な状況だ。


 ルグナ所長はすぐにコブメイ村経由でクレニオンの町へ馬車を出して、救援を頼みに行った。場合によっては、地域の権力者に直接交渉もするそうだ。低いながらも王位継承権を全力で使うと堂々と言っていた。 


 ピーメイ村は幸いにも結界があり、危険個体が近寄ってくることは無い。過去の世界樹時代も安全だった。


 そんなわけで、冒険者は一度村に集められて、事情が説明された。

 これまでの積極的な調査討伐から慎重な調査を中心とした方針へ転換し、長期戦を想定。それに伴い、周辺から物資が追加で搬入されることになった。きっと、冒険者と商人も増えることだろう。


「まさか、こんなことで村の人口が増えるとはねぇ」

「ことが終わればみんな帰っちゃいますから、一時的なものですよ」


 ギルドの事務所奥に設けられた職員用の休憩所で。ドレン課長と俺はお茶を飲んでいた。

 目の前には書類の山。仕事か休憩かよくわからない時間である。 


 職員達は急に忙しくなった。ブラッディア遭遇から五日ほどだけど、会議が滅茶苦茶増えた。

 イーファは受付に専念し、こちらも忙しそうにしている。冒険者が一気に集まったので、宿泊所や食堂の手伝いまでするほどだ。


 俺は冒険者時代と王都の職員時代を買われて、ドレン課長と今後の対策を思いつく限り実行している最中だ。


「村が賑やかになるのは嬉しいけど、これは望んだ事態じゃないなぁ」

「想定外ですからね。村長としては、今回みたいなことの経験はあるんですか?」

「ブラッディアは初めてだね。もっと弱い奴が出てきて騒ぎになったことならあるけれど」

「その時の対応が記録に残ってたおかげで、今回も対応が早いですね」


 十年ほど前、危険個体に近い魔物が現れて騒ぎになったことがあるらしい。当時の書類が残っていた上、経験者の課長がいたおかげで俺達は迅速に動けている。


「時にサズ君。この件、どう思う?」


 非常に大ざっぱな質問が来た。多分、今のところの見解をいえということだろう。


「危険個体は中枢、つまりボスを守るために出現するという話があります。そうなると、中枢が存在すると推測できますが……」

「この場合、中枢がどこにあるかが問題だね」


 課長もちゃんと問題を把握してた。


「もし、世界樹がまだ生きていて、その中枢が大元だとしたら、探すのが困難になります。世界樹の根といううわさ話もありますが、誰も見つけられていませんし」


 俺が世界樹の根について言及すると、ドレン課長は軽く笑った。


「いいね。王様がそこまで教えてくれるってことは信頼の証だよ。そう、もしこれが未発見のダンジョン、世界樹の根が原因だったら手出ししようがない。ただ、前例を見るとあくまでダンジョン跡地に危険な魔物の巣が発生したという可能性の方が高いと思うんだけどね」

「十数年前はそうだったんですね」

「うん。問題の魔物を倒したら落ちついた。あれはわかりやすかったなぁ」


 ダンジョン跡地に魔物の巣が発生することがごく希にあるという。そういう時は巣の中心に危険個体並の特殊な魔物が発生するので、それを倒せば騒ぎは終わる。

 以前はそれで解決したいうことなら、今回も同じという希望を持ってしまうのはよくわかる。


「サズ君。当面の仕事は中枢を見つけることになる。業務中の過去の資料閲覧を許可するから、そっちに集中してくれ。君の能力をあてにさせてもらうよ」

「できる限りのことはします」

「よろしく。他になにか必要なことはあるかな?」

「イーファに良い武器を。中枢を見つけた時、きっと役に立ちます。それと、この地域についてもうちょっと突っ込んだ説明が欲しいです。ルグナ所長みたいな人がいる理由、あるんでしょう?」


 こんな田舎に王族がいるのは、こういう事態が想定されているからじゃないだろうか。

 俺はそんな風に考えていた。


「それは所長から直接だね。帰ってきたら、サズ君には一通りの説明をしてもらうように頼んでみるよ。一応、国の秘密に関わることだからね」


 なんか、思ったより大ごとっぽい言葉が出て来てしまった。


「いいんですか? 俺、ただの職員なんですけど」

「もうただの職員じゃないさ。それに、君みたいな神痕を持っている人が異動してきたのにも意味があるかもしれないだろ?」


 俺の左遷にも意図があったのか?

 さすがにそこは深く考えていなかった。だって、明らかに奴の嫌がらせで起きた異動だったし。

 

「なにはともあれ、今は魔物の発生調査だ。頑張るとしよう」

「まずは、冒険者に被害を出さずに現状把握ですね」


 ギルド職員として、適切な依頼を出す。それこそが必要だ。俺と課長はすっかり冷めてしまったお茶を空にして、二人して事務所に戻った。


 入れ替わるように、疲れた顔のイーファが休憩に入ってきた。


「お、おつかれさまですぅ……」

「お疲れ様」

「ゆっくり休んでくれ」


 この一件が無事に片付いたら、王様のところに行って、ゆっくり温泉に入ろう……。

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