第27話:戦闘、危険個体

 危険個体、ブラッディア。体毛は堅く、簡単に刃を通さない。角は先端以外の箇所も刃になっている。大きさはまちまち。過去に見上げるような大きな個体と遭遇した記録有り。冒険者に大量の犠牲が出る場合もある。


 今、俺達の前にいるのは普通の鹿より一回り大きい個体だ。多分、ブラッディアとしては小型だろう。

 ただ、そもそも雄の鹿がでかい。十分、見上げるような巨体ではある。

 

「二人とも、まともに相手しちゃ駄目だ!」

「わかりました!」

「そんなこと言ってもよ!」


 俺の叫びにイーファとゴウラが答えつつ、素速く横に自分の位置を動かして、最初の突撃をどうにか回避。

 通り過ぎたブラッディア目掛けて、ゴウラの仲間が矢を放つ。

 放たれた二本の矢。しかし、一本は頭に当たって弾かれ、もう一本は足の方に浅く刺さって落ちた。

 傷一つ無く、ブラッディアは俺達冒険者を赤い瞳で睨み付ける。まるで、物理的な力すら伴うような嫌な視線だ。

 

「ピィィィ!」


 笛のような高音の吠え声と共に、二度目の突撃がきた。ゴウラは慣れたもので、横に動いたが、イーファが遅れた。一瞬、声に驚いたか。


「イーファ、もっと横だ!」

 

 体でイーファを弾き、頭を傾けて角で刺しに来たブラッディアの攻撃を、盾で受け流す。


「ぐっ!」

「先輩!」


 吹き飛んだ俺を見てイーファが叫びを上げる。地面を転がったが、なんとか盾で攻撃を受け流しつつ、上手く斜め後ろに飛べた。

 イーファからはやられたように見えたろうが、全然無事だ。


「大丈夫だ。神痕のおかげだな」


 『発見者』のおかげか、動きがよく見えた。

  ただ、盾には深い傷がついた。さすがは危険個体、角の強度は鉄以上だ。防御すら何度もさせてもらえそうにない。

 

 突撃を止めたブラッディアに向かって何本も矢が飛ぶ。二本ほど、体に刺さったが、気にするそぶりもない。血が出てる様子もないので、体毛で止まってるんだろう。


 しかし、遠距離攻撃は嫌いなようで、ブラッディアは弓矢を持つゴウラの仲間二人に目を付けた。まずい。


「うおおおお!」


 誰よりも早く、ゴウラが大剣を手に突撃した。大上段からの縦の一撃が、ブラッディア目掛けて振り下ろされる。


「ぐ、おおお!」


 ゴウラの渾身の一撃は、頭を素速く動かしたブラッディアの角に受け止められていた。手強い。だが、動きが止まった。手を止めるべきじゃない。


「イーファ! 手斧だ!」

「は、はい! やあああ!」


イーファが腰の手斧をとってすぐに投擲。『怪力』の力によって高速回転して飛び出した手斧が見事にブラッディアの体に突き刺さった。


「ビィィィ!」


 遭遇して初めて、奴が悲鳴をあげた。手斧が刺さった胴体からどす黒い血が吹き出ている。

 イーファの攻撃なら通る。なら、どうにかしてその状況を作らないと。

 

「ゴウラさん! 下がってください!」


 イーファの声が響く。見れば、ゴウラは大剣を構えたまま、まだブラッディアと正面から対峙していた。


「いや、俺が盾になる。イーファ、頼んだ」


 ベテラン冒険者の状況判断は正確だ。俺もゴウラを援護するため前に出る。


「ぬお!」


 ゴウラが頭を振り回すブラッディアと大剣でやり合い始めた。装備がいいから何とかなってるが、防戦一方だ。すぐ限界が来る。


「そうはいかねぇ!」

 

 俺も叫びと共に、右手の長剣を横から胴に叩き付けた。岩どころか鉄の塊でも殴っているような堅い感触が響く。俺の刃は少し通っただけ。ただの剣じゃ駄目そうだ。

 

 だが、ブラッディアの注意はこちらに向いた。


「ゴウラ、下がれ!」


 叫ぶと同時、ゴウラと俺は下がる。

 直後、ブラッディアが頭を振ってでたらめに暴れ回り出した。


「ぐあ!」


 振り回された漆黒の角が目の前に来た。盾でどうにか受けたが、吹き飛ばされた。

 今度の一撃は受け流しきれなかった。盾の一部が切り飛ばされる。


「くそっ、滅茶苦茶だな。なにか別の手を考えないと」


 呟きながら素速く立ち上がろうとした瞬間だった。

 目の前の、地面が目に入った。


 地面、土、大地。


 当たり前だが、そこには精霊がいる。一瞬、肩が熱くなる。『発見者』の発動だと思ったその瞬間だった。


「……大地の精霊っ!」


 俺の視界に大地に宿る力が見えた。土から立ち上る淡い光。大地の下位精霊だ。


 ブラッディアの方を見れば、情勢は膠着していた。ゴウラと斧を構えたイーファ。それを睨み付けるブラッディア。残る二人は、人が近くにいて矢を打てない。


 なにかのきっかけで一気に動く。そんな状況だ。


 一か八か、やってみる価値はある。


「大地の精霊よ! 奴の足下を沼にして沈めてくれ!」


 俺の叫びは届いた。

 ずぶん、と音が聞こえそうなほど唐突に、ブラッディアの足下がいきなり沈みこんだ。

 大地の精霊は俺の望みに応え、ブラッディアの足下を沼に変えてくれた。


 危険個体は巨大で、その重量からは逃れられない。

 ブラッディアは容赦なく沈み込んでいく。脱出しようにも、蹴るべき地面は沼であり、手応えはない。


「うおおおお!」


 ゴウラが雄叫びと共に大剣でブラッディアの角を一撃。受け止められるが、動きを止めた。

「イーファ! 今だ!」

「やああああ!」


 俺の指示と同時、イーファは動いていた。足を取られ、頭の動きを封じられたブラッディア目掛けて、大上段からのバトルアックスの一撃が直撃する。


「ビィィィィ……!」


 イーファが狙ったのは首だ、刃が半ばまで突き刺さり、ブラッディアが苦悶の悲鳴をあげる。丈夫すぎる。イーファの全力を受けて、両断できないなんて。

 だが、確実に効いている。このままどうにかして倒さねば。


「大地の精霊よ! そのままそいつを固定してくれ!」


 もう一度お願いだ。今度は足が殆ど埋まったブラッディアの地面が固まり始めた。相当強烈な拘束になっているらしく、どれだけもがこうと動く様子はない。


「イーファ! もう一度だ!」

「はい! もう死んでください!」


 首に刺さったバトルアックスを抜き、刃を返して大上段に構えるイーファ。見れば、ブラッディアに刺さっていた方の刃はボロボロになっていた。 


「そのまま叩き込め!」

「やあああ!!」


 イーファの気合いの叫びと共に振り下ろされたバトルアックスは、今度こそ危険個体ブラッディアの首を両断した。

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