第13話:すごい温泉
冒険者ギルドの敷地内には訓練用の広場がある。ピーメイ村にもしっかりと存在し、ただ広いだけの広場が設けられていた。
俺は今、そこで長剣を構えたイーファと対峙していた。
それぞれ持つのは刃を潰した訓練用の武器だ。
「ええぃい!」
気合いの声と共にイーファが剣を振ってくる。俺はそれを受け流し、素速く位置を変えつつ、上段から軽く振り下ろす。
「……次はこっちだ!」
「はい!」
攻撃に合わせてイーファが剣を受け、素速く切り返す。俺はそれを剣で受けて、同じように返す。
今やっているのは王国騎士団流の剣術訓練だ。基本の型を組み込んだ打ち合いを繰り返す、とにかく剣に慣れるための動作。
かれこれ一時間、イーファは神痕を使わずに俺とこの動作を繰り返している。
「やああ!」
気合いの乗った一撃を受け止めた。ここらでいいだろう。
「少し休憩しよう。大分動いた」
「ありがとうございました!」
俺の終了宣言を受けて、しっかり礼をするイーファ。礼儀正しい。
「うん。イーファはしっかり神痕を使いこなしてるみたいだな」
「えへへ、これができないと日常生活も送れませんから」
にこやかに微笑むイーファは少し自慢気だ。
神痕所持者はその力を使いこなせる必要がある。そうでないと、イーファの剣を俺が受けることはできない。それどころか、彼女はまともな日常すら送れない。
その点で、彼女は結構上手く加減ができていた。
今日の仕事はイーファの訓練だ。イーファは戦闘に関してど素人なので、定期的に訓練して、戦い方を教えるようにとのことだ。冒険者として活動する以上、この手の訓練はやっておいて損はない。
「ところでイーファ。『怪力』を使ってるとき、どのくらい体が強化されてるんだ?」
「ほえ? なんですかそれ」
間の抜けた声と顔で返された。
もしかして、自分の神痕の特性を知らないのだろうか。いや、温泉の王が教えなかったのか。
「神痕が力を発揮してるとき、イーファの体も丈夫になってるんだよ。魔力っていうらしいけど、それが全身を強化してるはずだ」
「そ、そうなんですか? あ、でも、そうでないと拳で岩を砕いたりできませんよねっ」
納得といった様子でぽんと手を叩いた。岩を拳で砕くのか、恐いな。
神痕は所持者に特殊な能力を付与するだけでなく、肉体まで強化してくれる。ただの人間である冒険者が危険な魔物と渡り合えるようになるのも、神痕の力のおかげだ。
ただ、肉体強化については強弱が大きい。例えば俺の『発見者』はあんまり肉体を強くしてくれない。逆にイーファの『怪力』はかなり肉体に作用するはずだ。人間以上の力を発揮するために、肉体も人間以上になるのである。
「それだけじゃない、イーファはこの前、ブラックボアを長剣で両断してたろ。普通、あの剣でそんなことをすれば武器がダメになる。剣にも神痕の効果が乗ってたはずだ」
神痕のもたらす力は幅広い。俺の推測だが、イーファの『怪力』は武器にまでその力を影響させている。
そうでなければ、量産品の普通の長剣で、あんなに手軽に魔物を両断できない。
「えええ、全然意識してませんでした」
「結構凄いことだぞ、それ」
イーファのやってることは、神痕所持者としては第三段階と言われる高度な技術だ。子供の頃から使っているから自然とできたんだろうか。あるいは、知識は与えなくとも使い方を温泉の王が教えたかだ。
そもそも、日常的にほぼ無意識に神痕を使いこなす。これができるようになるまで、苦労する者は多い。俺だって、最初は難儀した。
「今後は意識して神痕を使うといいよ。結構変わってくる。あと、武器も考えないとな」
「長剣じゃ駄目なんですか?」
「通常、『怪力』を生かすなら、大剣とか斧とか槌を使うことが多い。長剣と変わらない速度で威力の大きい獲物を振り回せるからな」
「なるほど。たしかにそうですね」
「課長が王国流の剣術から教えるよう言ったのも、それを踏まえてだと思う。王国流はでかい獲物を使う技術に繋がっていくからな」
王国流は騎士の技なので、槍などの大きな武器を使う技に発展していく。堅い鎧に大きな武器を装備することが基本の『怪力』持ちには最適な方針だ。
「あの、私も斧なんかを使った方がいいんでしょうか?」
「それは……わからん」
「えぇ……そういう流れじゃなかったですか?」
びっくりするイーファ。なんか申し訳ないが、仕方ないのだ。
「俺達はダンジョン攻略に励むわけじゃない。基本はここのギルド職員だし。こだわりがあるなら、剣でもいいいような気がするんだよ」
ピーメイ村の業務はそれほど危険じゃない。魔物は出るが、危険というほどでもないし、近くにダンジョンもない。
薬草採取と村の雑務が業務の中心なら、それほど武器の心配もしなくてよいのでは?
今のところ、俺はそんな風に考えていた。
「むー。悩みますが……とりあず剣で!」
そう言って、イーファは長剣を構えた。なかなかさまになっている。筋が良いかもしれない
「わかった。基本部分はこれで教えよう」
答えつつ、俺は近くに置いておいた木の盾を手に取る。今度は防御側に回って、イーファの太刀筋の確認だ。
「今度は打ち込んできてくれ。勿論、神痕は使わずにな」
「はい!」
それから、しばらく打ち合ったところで、俺はあることに気づいた。
攻撃が見えすぎてる。
「なんか、神痕の調子がいいな。こんな感覚、何年もなかったんだが」
実戦と訓練で感覚が戻ったんだろうか?
「あ、王様が言ってましたよ。あの温泉に入ると、まれに神痕に力が戻るって。おめでとうございます。良かったですね!」
「…………なんで最初に教えてくれなかったんだ」
とんでもない情報をあっさり言われた。場合によっては俺の人生に関わる。ちょっと強い口調になってしまった。
「こ、こわっ。怒らないでくださいよぅ。本当にまれなんで、上手くいったら教えるように言われてたんですよぅ」
「じゃあ、大当たりってことか……なんなんだ、この村は」
なんとなく練習の手が止まったので、近くに置いておいた布を一枚、イーファに投げ渡す。彼女が汗を拭き始めたのを見て、俺も自分用ので汗をぬぐう。
「あの、迷惑でしたか?」
「いや、むしろありがたいんだが。驚き戸惑っているな……」
数年前、冒険者として最後の仕事でほぼ失われた俺の神痕の力。それが温泉で戻ってくるとは……。
いや、今は深く考えるのはやめよう。質問は今度、温泉の王に会った時だ。
「先輩、もう少し剣を教えてください。明日はお出かけなんで、訓練できないですから」
「わかった、休憩の後、もう少しだな」
明日は所長からの命令で、ちょっとした仕事で隣村に行くことになっている。
なんだかんだで、冒険者の仕事が多くて、自分がギルド職員であることを忘れてしまいそうだ。
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