第12話:所長登場

 温泉の王の家で一泊したあと、俺とイーファはギルドに帰った。温泉の効能か、疲れも残らず、体が軽い。

 ギルドに戻って課長に報告すると、軽く頷かれた。どうやら、俺とイーファが一泊するのも想定内だったらしい。村長も兼ねてるところといい、この人、案外やり手だ。


「うん。王にも気に入られたみたいで良かったよ。あれで結構人を選ぶ性格でね、追い返される人もたまにいるんだ」

「俺、気に入られるようなこと、してませんけど」

「多分、イーファ君の顔を見て判断したんだと思うよ。それと、ブラックボアの件もだね。お疲れ様、大変だったね」

「びっくりしたけど、先輩がいたおかげで無事でした!」

「俺はいなくても平気だったと思いますけどね」


 謙遜では無く本音だ。多分、イーファの力なら素手でも倒せたんではないだろうか。


「いやいや、イーファ君は新人なんだ。魔物との戦闘経験もほとんどない。落ちついて判断できるサズ君がいるのは本当に助かるんだよ」


 そういうものだろうか。とりあえず、必要とされてるということで受け取っておこう。


「ありがとうございます。報告書、作りますね」

「あ、書き方教えてください!」


 元気に手を上げるイーファ。ドレン課長もそれを見て頷いた。俺はイーファにこの辺りのことを教わり、イーファは俺から仕事を教わる。しばらくそんな感じになりそうだ


「それと、昨日、所長が帰ってきたよ。長旅で疲れてるから、もう少ししたら出勤してくるとのことだ。ようやく挨拶できるね」

 

 その言葉に、イーファが顔を明るくする。


「これで全員集合ですね! 所長に会うの楽しみです。色んな話を聞く約束なんですよー」

「ほどほどにね……」


 微妙な顔のドレン課長。なるほど、ゴシップの仕入れ先は所長か。すると、都市部から派遣されて来た人かな?


 そんな疑問を抱きつつ朝礼は終わり、俺達は仕事に入った。


 所長が現れたのは、午後の仕事が始まってすぐだった。


「はじめまして、サズ君。私はルグナ・タイラウルド。ピーメイ村冒険者ギルドの所長を任されている者だ。以後、宜しく頼む」


 窓からの明かりを受けて輝く銀髪。すらっとした高身長と優雅な佇まい。物語や絵画から飛び出してきたような美女。

 それが、事務所に現れるなり俺の前にやってきて、握手を求めてきた。


「どうかしたのか? サズ君」


 いきなりのことに俺は動けなかった。所長が想定外の美女で緊張しているとかではない、別の理由だ。


「……ルグナ様って、あの、姫様の?」

「いかにもそうだが。姫は大げさだよ、継承権も八六位とかなり下位だ」


 そういってずいっと再度握手を求められたので、なんとか握り返した。

 ルグナ所長は俺の右手を柔らかく握りしめると、嬉しそうに軽く振った。冷たい印象を受ける見た目に反して、無邪気な笑顔だった。


「所長、サズ君は相当驚いてるんですよ。まさか王族が出てくるとは思っていなかったでしょうから」

 

 課長の言葉に困ったような顔をするルグナ所長。

 ルグナ・タイラウルド。王都ではちょっと名の知れた王族だ。本人が言ったように継承権の順位は低いが、見た目の美しさと、庶民受けする行動でよく話題に昇っていた。

 そういえば、最近全然噂を聞かなくなってたな。まさか、こんなところに飛ばされてたとは。なにかあったんだろうか?


「む、王族というのは壁になっていかんな。しかし、ドレン村長とイーファ君とも反応が違ったな?」

「すいません。さすがに驚きまして。まさかあの『銀月姫』に会えるとは思っていなかったもので」

 

 『銀月姫』、その銀髪を月の輝きになぞらえての呼び名だ。多分、本名よりもこちらの方が通りがいい。


「それも大げさな呼び名だよ。今の私は大臣に手を出して、地方送りになったダメ王族だ」


 肩をすくめて言うルグナ所長。庶民的と聞いていたけど、本当にフランクな感じだ。


「なにをしたか聞いても良いですか?」


 まさかここでも大臣が絡んでくるとは思わなかった。権力争いにでも巻き込まれたんだろうか。


「酔っ払って絡んできた大臣がうざったいから引っぱたいた。鼻血が出るくらいの勢いで」


 あれはやりすぎだったな、と豪快に笑うルグナ所長。

 

 噂だと穏やかな人だと聞いてたんだけど、そんなものは吹き飛ばす勢いだ。鼻血を出す程って相当だぞ……。

 王族すら動かす大臣の権力も凄いが、それに手出しする人もこの人も凄い。怒らせないようにしよう。


 今更ながら、凄いところに来てしまった。

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