第10話:登場! 温泉の王

 温泉に入ることになった。

 理由はブラックボアとの戦闘で汚れたからだ。返り血とかかなり浴びた。主にイーファが。 


 俺は最初難色を示したんだが、近くにある上に、安全だと再三強調するイーファに押し切られて、了承してしまった。


 道らしいもののない、林の中を歩きながら俺は疑問を口にする。


「温泉なんてもんが、なんで元世界樹にあるんだ? 安全なのか?」

「なんでも世界樹崩壊の後に突然沸いて出たらしいです。精霊の力関係が変わったとかいう話ですよ。それと、安全に関しては保証します」

「どういうことだ?」


 おかしいな、ギルドの資料にはそんなこと載ってなかったのに。

 考えが顔に出ていたのか、イーファは説明を始めた。少し得意げだ。


「実はですね、その温泉を管理してる方が私の今の保護者でして。建物もあるし、周りも大丈夫なようにしてくれてるんです」

「その保護者さん、なんでこんなところに住んでるんだ?」


 ピーメイ村から離れた、元世界樹内だぞ。魔物も出るし、何も無い。

 案内のため少し前を歩くイーファはまるで心配してない様子だ。この信頼感。謎だ。


「それに、課長から、行けそうなら先輩を温泉に連れていけと言われてましたので、これで一安心です」

「課長も? 一体どんな温泉なんだよ……」


 課長自らそんなことを言う理由がわからない。俺がイーファの保護者に挨拶する必要はないはずだが。


「ふふふ。混乱してますね、きっと、会えばわかりますよ。お楽しみです」

「どういうことなんだ……?」


 俺の様子を楽しそうに見ながら、イーファは先導を続けた。


 一時間くらい歩いたろうか。

 到着したのは、森が切れた岩場だった。場所的に、ピーメイ村と採取地の間にある感じだ。


「本当に温泉なんだな……」


 すぐ側に岩で囲まれた水場があるかと思ったら、お湯だった。薄く湯気が立ち上ってる。


「こっち、こっちです。あー、早くさっぱりしたいですねぇ」


 案内されたのは、岩場の中にある平地に立てられた、小さな家だった。

 木造で頑丈そうな佇まいの平屋の家。年月がそれなりにたっているのか、少しくたびれた色合いをしている。


「先輩、こちらにどうぞ。ただいまー」

「お邪魔します」


 明るくドアを開けて入っていくイーファに続いて、中に入ると、家主が出迎えてくれた。

 俺達を待っていたのだろうか。それは、玄関入ってすぐの場所に佇んでいた。


「…………」

「ようこそ。我がイーファの保護者、温泉の王だ」


 低く、良く通る声でそう名乗ったのは、巨大なスライムだった。


 見た目は水色の巨大な丸く柔らかい水の塊だ。良く見ると、たまに内部で虹色の光が走っている。目にあたる器官なのか、体の中央に二カ所、濃い色の部分があるのが特徴だった。


「…………」


 あまりにも予想外だったので俺は何も言えなかった。人間、驚きすぎると無言になるんだな。


「どうしたんですか? 先輩」


 後輩が怪訝な顔で聞いてきた。


「きっと驚いているのだろう。まさかイーファの保護者がこのような偉大なスライムだとは夢にも思うまい」

「……すいません。さすがに驚きました」

「うむ。そうであろう。この村の外の者は皆驚く。我は国家認定されている幻獣なので怪しむことはないぞ」

「幻獣……なんですか」


 幻獣とは、ダンジョン内でごく希に生まれる、人間に友好的な知性ある魔物の総称だ。だいたい、人間側に利益をもたらすので、存在するだけで喜ばれるものでもある。

 非常に珍しい、俺も見るのは初めてだ。


「公的な書類にも記してある。ただ、幻獣は狙われることもあるので、存在を秘されているのだよ。……ところで、そろそろ名前を教えてもらってもいいかな?」

「……っ。申し訳ありません。ピーメイ村の所属になりました、サズです。元冒険者で、イーファさんとは同僚になります」

「イ、イーファさん?」

「保護者に挨拶するときはこういった言い方をするものだ。サズ君、腕のいい冒険者だったと聞いている。我はここを余り動けないので、娘を守って欲しい」

「できる限りのことはします。とはいえ、俺も冒険者に復帰したばかりなんですが」


 目の前にいるのはスライムなのに、愛情深い親と話しているような気分だ。いや、偏見はよくないな。幻獣ならば、その辺の人間よりも長生きで、知性も知識も高く深い。

 なにより、この人はイーファを娘と言った。その言葉に嘘はなさそうに見える。


「うむ。謙虚な若者だ。無理をしない者は好ましい。この辺りに冒険者が来ていた頃は……」

「王様、話をするなら温泉に入った後にしましょう。私も先輩も汗と汚れが凄いんです」

「うむ。ついでに疲れも癒すといい。サズ君、色々聞きたいことがあるだろうが、温泉の後だ」

「は、はい」


 思ってもいなかった出会いに驚きつつも、俺は素直に温泉に入ることにした。さっぱりしたいのは事実だったので。

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