第9話:左遷先での遭遇戦

 あんまりよくない状況である。

 ブラックボアという魔物はそれほど強くない。神痕を持たない冒険者でも普通に対処できる存在ではある。


 しかし、相手が三でこちらが二。神痕持ちとはいえ、武器を殆ど使えない新人と、復帰したての冒険者にはちょっと厳しい。

 

 せめて、盾が欲しい。攻撃を受け流して足止めできればもう少し楽なんだが。


 剣を構えつつ、俺は現状をそう分析していた。

 そんな思考とは裏腹に、戦いは始まる。


「来ます!」


 イーファの緊張した声が飛ぶ。俺は長剣を構えて、慎重にブラックボアの突撃を迎え撃つ構え。

 三匹同時、真っ直ぐにこちらへ突撃してくる。


「横だ!」

「はい!」


 ブラックボアの動きは直線的で単調だ。最初の突撃を俺達はどうにか躱した。

 新人とはいえ、村育ちでそこそこ訓練を受けているおかげか、イーファの動きが良かった。これはどうにかなるかもしれない。


「俺に続け!」

「はい!」


 横を通り抜けたブラックボアに向き直り、進む。狙いは一番右の個体。

 方向転換したばかりの一匹が、目の前に来た瞬間、頭ごとぶつかりにきた。距離が短いから速度が遅い。

 俺は素速く、ブラックボアの鼻先を切った。少し堅い手応えがあったが、鼻先が切れて、赤黒い血が飛ぶ。


「ブキィィ」


 駆け出しかけたブラックボアが怯んで動きを止めた。


「今だ!」

「やああああ!」


 そこに横に回り込んだイーファが、大上段から長剣を振り下ろす。


「やりました!」

「……嘘だろ」

 

 驚いたことに、イーファの力任せの一撃は、ブラックボアの胴を両断していた。

 魔物は通常の獣よりも体毛も肉も固いというのに、それを量産品の剣で真っ二つにしたのだ。

 普通にあることじゃない。

 しかし、細かく検証している暇はない。

 残りの二匹が、こちらに向かって駆け出している。


「先輩! 危ないです!」


 心配するなとは答える余裕はなかったが、体は動いた。効果が非常に微弱とはいえ『発見者』が発動している感覚がある。俺の肩に宿った神痕が僅かに熱を帯びている。

 おかげで、俺はすでに敵の次の動きを把握している。


 先ほど、鼻先を最小動作でかすめただけ斬撃だったのも、体勢を崩さず、次の動作に入るためだ。


 素速く向き直り、こちらに向かってきたブラックボアの突撃を回避。すれ違いざまに切りつける。

 堅い感触が手に伝わってくる。手応え有りだ。

 俺にイーファのような力は無いが、ブラックボアの速度を利用して斬ることくらいはできる。

 今度は体の前で剣を構え盾にする。

 そこにもう一匹ブラックボアが突撃してくる。

 重く堅い衝撃が伝わるが、剣を上手く動かして何とか受け流す。

 向こうが俺に狙いを定めてくれて助かった。

 おかげでイーファが自由に動ける。


「おおおりゃああああ!」


 イーファの叫びが響き、俺が切りつけた方が、首と胴を両断された。


 俺の方は勢いを殺されて停止したブラックボアから素速く近づき、その首に剣を突き立てる。

 こいつらは走っていないと途端に遅くなる。突撃さえ止めてしまえば恐くない。


 首筋からどす黒い血が噴き出す。ブラックボアが暴れ始めたので、俺は剣を手放す。

 俺の力も武器の質も今ひとつだからか、致命傷とはいかなかった。

 だが、動きが遅くなった最後の獲物の正面にイーファが立った。


「ダンジョン以外の所に出てきちゃダメでしょおおお!」


 そんな叫びと共に、イーファが最後の一匹の頭を縦一文字に断ち割った。


○○○


「先輩、あの体捌き。どこかの流派で教わったんじゃないですか?」


 戦闘後、ブラックボアを解体して、売り物になる牙や毛皮を採取。それから水で一息ついて、本来の目的である薬草を採取しているとイーファが聞いてきた。


「いや、慣れだよ。ブラックボアは何度も相手をしたことがあるから、体の動かし方を知ってたんだ」

「なるほど。さすがはベテラン……」

「それとは別に、色んな流派で教わったのも事実だけどな。『発見者』は武術のコツを掴むのが凄い早くなるから色々楽なんだ」

「えぇ、それってずるくないですか!?」

「それを言ったらイーファの「怪力」だって、ずるいだろう」


 普通の人間に魔物の体を両断するなんて不可能だ。いや、駆け出しの神痕持ちの冒険者では難しい。イーファは『怪力』の神痕を相当使いこなしている。


「でも、可愛くないじゃないですか「怪力」って。どうせなら私も先輩みたいなかっこいい神痕が良かったですよぅ」

「普通は強い神痕で喜ぶもんだぞ……」


 冒険者としては独特の感性である。


「しかし、三匹分だと採取品も多いな。少し置いていくか?」

「大丈夫です! このくらい、私なら楽勝で運べますから!」


 にこやかに笑う後輩に頼もしいやら面白いやら、不思議な気持ちでその日の仕事を終えた。

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