第8話:採取の仕事
「柵作りの後は薬草採取か、職員というより冒険者だなぁ」
「人手がいませんので、ご理解ください」
柵作りをした翌日、俺はイーファと共に村の外にいた。
今日の目的は薬草採取だ。枯れ果てたとはいえ、元は世界樹。それなりの価値の薬草が群生しており、貴重な村の収入源になっているとのこと。
かつての世界樹の内側、今は木々がぽつぽつと並ぶ土地の中を、俺達は歩く。どこを見ても、巨大な壁のような世界樹の樹皮が聳えているのが、今居る地域の特殊さを教えてくれる。
世界樹自体が大きな町をすっぽり覆うくらい大きいので、樹皮の圧迫感はない。空も広く、どこかのどかな雰囲気だ。
「先輩のおかげでできる仕事が増えたんで、嬉しいです」
「たしかに、村としては大分難しそうに見えるしな」
ピーメイ村は村としてはかなりギリギリのところにいる。人口は二十名。農家と役場兼ギルドと小さな雑貨屋だけで回っていて、あまり上手くいっていない。
冒険者ギルドを維持するために国から資金が注入されていなければ廃村になっているだろう。ドレン課長が「村おこし」と口にするのもわかる。ギルドの閉鎖が決まった瞬間に消えてもおかしくない村なのだから。
村としては元世界樹ということで自生している珍しい薬草集めなどの仕事もあるが、新人のイーファ一人だけでは、それすら回せていなかった。
そこに一名追加の人員がきたのは良いことだろう。
以上が、俺が昨日一日で書類を読みまくって得た感想だ。『発見者』の神痕は殆ど力を失ったが、書類を上手に見るくらいの役には立つ。
「先輩の武器は剣なんですね、やっぱり強いですか?」
腰の長剣を見て、期待に満ちた目で言われた。なんだか申し訳ない。
「王都の訓練所で一通り。あとは、知り合った冒険者に稽古をつけて貰ったくらいだね。戦闘向けの神痕持ちほどじゃない」
神痕の中には『剣技』とか『槍術』みたいな、シンプルに得意武器が決まるやつもある。そういうのは肉体まで強くなりやすく、戦闘面はかなり有利だ。
現役時代は、『発見者』の力を使って、そういう相手の弱点を看破して攻略法を見つけたもんだが、今はそれも望めない。
「そうなんですか。でも、私よりもいいですよ。課長からちょっと教わったくらいですから!」
そういうイーファも腰から長剣をぶら下げている。俺が持ってるのと同じく、ギルドの倉庫にあった量産品で、良くも悪くもない。
せっかく『怪力』を持っているんだから斧や大剣にすればいいとも思うんだが、本人は剣を気に入っているようだ。
「これから行くところ、たまに魔物が出るんだよな?」
「はい。魔物が村の近くに出なくなって何十年もたちますけど。でも、今日行くところはちょっと遠いんで、ごくまれに魔物が発生します」
そう言いつつも、イーファには緊張感がない。水と食糧の入った大きな荷物を背負って、ピクニック気分にも見える。
「ごくまれか……」
俺は嫌な予感を感じつつ、イーファの案内に従って、土を踏みしめただけの道を進む。
四時間ほど歩き、現地に到着した。
木々の中に低い低木が群生するちょっとした森の中だ。他は高い木もあるのに、ここだけが別世界。小さな葉を持った低木が自分の領域を主張するかのように茂っていた。
この低木が目的の薬草なんだが、一つ問題があった。
低木に近づいた瞬間、嫌な気配がした。
急に立ち止まった俺を訝しむイーファを手で止めて、剣を抜く。
「予感ってのは当たっても嬉しくないもんだ」
周囲の木々の合間から、牙の長い猪のような見た目の獣が現れた。
体毛は漆黒で、目は紅い。体躯は俺の腰くらい。
ブラックボアというそのまんまな名前の魔物だ。見た目は猪だが、猪とは全く違う生き物だ。
数は三匹。昼間に複数行動はちょっと珍しい。
「こんな時期に現れるものじゃないのに……」
イーファが慌てて長剣を引き抜く。
魔物と動物の一番の違いは、その性格だ。
魔物は積極的に人を襲う。ダンジョンの中でも外でもそれは変わらない。
危険な存在だ。故に、見つけ次第狩らなければならない。
「俺が前に出るから、イーファが隙を見てやってくれ、頼む」
「はい!」
元気な声が返ってきた。そして、それを合図にしたかのように、ブラックボア達がこちらに向かってくる。
こんなことなら、真剣に武器を選ぶんだった。
書類によると年に十回も魔物が出ていない地域だから油断した。
自分の暢気さを呪いつつ、剣を構える。
こうして、俺の冒険者としての久しぶりの戦いが始まった。
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