第11話:王、その頼み

 温泉は、とてもよく整備されていた。家のとなりに脱衣所が併設されていて、ちゃんと男女別に高い柵まで立ててあった。

 そして、お湯。

 最高だ。入った瞬間に、体の芯まで暖かさが染み渡る。ちょっと熱いかなと感じるくらいの絶妙な温度。そして露天の開放感。

 太陽の下、俺はゆっくりと温泉につかっていた。日の光と湯の温度が心地よく、戦いで疲れた体がゆっくりと癒やされていく。


 俺は文字通り、全身で温泉を堪能した。

 そして、脱衣所に行くと、そこには何故か洗濯乾燥済みの衣服があった。

 ついさっきの戦闘で汚れたままのはずなんだが……。これは一体?


 疑問に思っていると、温泉の王が顔を出した。


「勝手ながら、洗濯させてもらったよ。汚れを取るのはスライムの技能の一つでね」


 すごいなスライム。そんな能力があるのか。

 感心しながら着替えて部屋に戻ると、そこには昼食が用意されていた。そういえば、イーファの荷物に食事も入っていた。それを皿に並べたんだろうか。いや、スープまであるぞ。料理してくれたのか、スライムがどうやって? ちょっと見たかった。


「ありがとうございます。突然お邪魔したのに、こんなにしていただいて」


 疑問は色々あるが、早くもとても世話になったので、俺は素直に礼をした。


「気にすることはない。今日来るだろうことは、ドレンから聞いていたのでな」


 言いながら、温泉の王はカップに水差しで水を注いだ。なんか、スライムの体から触手みたいのが出てきた。びっくりした。器用だな。


「座りたまえ。食事の前に少し話そう。イーファは長風呂だから時間があるのでな」

 

 たしかに、まだイーファは来ていない。風呂の柵越しに鼻歌が聞こえていたし、ご機嫌に過ごしているのだろう。

 俺は温泉の王に勧められるまま椅子に座る。

 水を飲むと体に染み渡った。よく冷えていて、この配慮がとても嬉しい。


「さて、まず話すべきはイーファについてだな。彼女の神痕は知っているな?」


 驚いたことに、温泉の王は自分ではなく娘について話しだした。


「はい。おかげで今日は助かりました」

「うむ。彼女の神痕はこの地に住んでいて自然に発現した。それも、両親が消えた直後にだ」

「それは……世界樹が生きているということですか?」


 ダンジョン内で無ければ神痕は発現しない。温泉の王が言っているのは、つまりそういうことだ。


「恐らくは。我の個人的な見解では、世界樹はたまに活性化している。イーファの両親もそれで転移の罠などに巻き込まれ、行方知れずになったと推測している」

「……なるほど」

 

 理屈としては一応わかる。ただ、攻略した後、そこまで活性化したダンジョンなんて聞いたことがない。


「少なくとも、この国の冒険者ギルドの資料には事例はないと聞いた。外国はわからん。ただ、世界樹は世界十大ダンジョンの一つであった」

「そのくらいのことはあってもおかしくないと?」

「我はそう考える」

「それを俺に話す意味は?」

「サズ君は『発見者』だと聞いた。秘密を解き明かす者だと」

「……あんまり期待しないでくださいよ」


 俺の神痕は弱まっているし、万能でもない。世界樹攻略から百年たって未だに解けない謎を解き明かせる自信なんてさすがにない。 


「神痕の弱体化は一時的なものだ。見捨てられたなら消えている……おや、イーファが出たようだ」


 いきなり気になることを言ったと思ったら、話が打ち切られた。

 温泉の王はよどみない動作でイーファの分の水を用意する。


「あ、先輩先に出てたですね。すいません、私ゆっくりでー」


 ここに着替えがあるんだろう、イーファは冒険用の服では無く部屋着だった。地味な色の上下だが、少し生地が薄い。……意外と着痩せするタイプか。


「サズ君。義理とはいえ、イーファは大切な娘だ。変な手出しをしたら温泉の王が裁きを与えるぞ」

「な、手出しなんてしませんよ!」


 頭の中を読まれたみたいで、慌てて答えてしまった。これでは余計疑われる。

 しかし、温泉の王は俺以上の反応を見せる。


「それはイーファに魅力がないということか! ああ見えて結構育っているので、人間の男なら何らかの感情を抱かずにいられないはずである!」

「どんな答えが欲しかったんですか!?」


 言い争い始めた俺と温泉の王。それを見て、横のイーファが声を出して笑った。


「二人とも、もう仲良しみたいで嬉しいです」


 とても嬉しそうに一言いうと、イーファは自分の昼食に目を向けた。


「王様、ご飯まで用意してくれたんですね。ありがとうございます。いただきます」

「気にすることはない。このくらい当然である」

「じゃ、俺もいただきます」


 とりあえず、俺も食事を始める。

 良く見れば、イーファの使うフォークとナイフには名前が彫られている。大事にされているんだな。


「サズ君、イーファは良い子なんだが、たまに危なっかしい。守ってやってくれ。できる限り」

「わかりました」


 小声で言ってきた温泉の王に、俺も同じように小さく答えた。

 その後、温泉の王のところで一泊してから、俺達はギルドへ帰還した。

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