第5話:田舎は人手がたりないらしい
イーファと名乗った同僚の女の子は挨拶もそこそこに建物の奥へいってしまった。なんでも夕飯の準備があるとのことだった。
どうやら、彼女はここに住んでいるらしい。
ギルドの建物は大きくて、職員の宿舎も兼ねている。過疎で村としての機能がほぼないピーメイ村では俺もここに住むしか選択肢がない。
つまり、俺とイーファは同じ建物に住むことになる。
「あの、彼女と一緒に暮らすんですか?」
「気にすることないさ。元々大きな建物だから、部屋はとても離れている。それに所長もここにお住まいだ。ここが村で一番良い建物だからね」
「ギルドが問題ないと判断したならいいです」
実際、ギルドの建物は大きい。コの字型に三つの建物が繋がっていて、宿泊機能はそれぞれ左右に突き出た部分にある。同じ場所に住んでいる、という感覚はあまり受けなさそうだ
「さて、住まいの話も出たことだし。少し説明をしよう。このピーメイ村の歴史は知ってるね?」
「はい。元々世界樹の中にあった町だと。建物の距離が近いのはその名残ですか?」
「うん、そう。じゃあ、この村がこんな寂れてもまだ存続させられている理由は聞いているかな?」
「王国の記念碑的な意味で保管されていると聞いてますけど」
一般的にはそう言われている。しかし、ドレン課長の話しぶりは明らかにそれとは別の物があるという感じだった。
「それも正しい。世界樹が崩壊して百年。残骸もあらかた掘り尽くされて、世界樹の樹皮が残るだけ。これはろくに削れないし、素材にもならないという不思議な物質なんだ」
「では、その研究のためってことですか?」
今は手出しできなくても、元は世界樹。利用方法が見つかれば樹皮が莫大な価値を生み出すことは容易に想像がつく。
しかし、俺の問いかけに対する課長の反応は微妙なものだった。
「それもなくはない。たまに学者が来て、諦めて去って行くよ」
つまり、成果は得られないということだ。研究用も理由の一つらしいが、それが主ではないとすると……。
一つ、思い当たることがあった。ただ、事実とかではなく噂話の類いだが。
「今でも世界樹は生きているっていう噂、ありますね」
その言葉に、ドレン課長は表情を明るくした。
「そう。それだ。実をいうと、王国はまだ世界樹が完全に攻略されきったと思っていない。その証拠にこの周辺では、たまに魔物が発生する」
「巨大なダンジョンの跡地は影響が残るんで、よく見られる現象ですけど」
巨大な森や地下迷宮のダンジョンの攻略後に良く聞く話だ。世界樹ともなれば、そのくらいのことは起きそうだが。
「それ以外にもいくつか理由があるのさ。例えば、先ほどのイーファ。この村育ちなんだが、彼女には神痕しんこんが宿っている」
「神痕が? 本当に?」
神痕。ダンジョンのもたらす祝福。神々の残した遺産であるダンジョンは、そこに立ちむかう冒険者に対して、希まれに力を与える。
それが神痕だ。体のどこかに幾何学模様が宿り、不思議な力を発揮する。能力は様々で、大抵の場合強力な力を発揮する。
イーファがここで暮らす内に神痕を授かったというなら、それは大ごとである。
「そう。彼女はここで暮らしているうちに神痕を授かった。これが国がここのギルドを撤収しない理由の一つさ」
この話が本当なら世界樹はまだ攻略されていないことになる。ダンジョンとしての機能が失われているように見えるのに、謎だ。
「……まさか、俺が異動したのはこれをどうにかするため?」
「いや違う。純粋に左遷だ。恐い大臣さんの身内を怒らせたからね」
「…………」
思い上がりだった。恥ずかしい。
「そう落ち込まないでよ。僕個人としては期待しているんだ。ただ、国としては何十年も調査して成果なしなんでね。諦めたいけどそれもできてないのが現状」
「この村の状況にも理由があることはわかりました」
そもそも、もっと人がいる時にさぞ調べただろう。それを俺一人でどうにかさせようなんて思わないか。
「期待してるのは事実だよ。ただ、当面の仕事はギルドと役場のものになる。雑用が多いけど、頼むよ」
「俺は冒険者ギルド職員なんですが……」
役場の仕事なんて聞いてない。どうも冒険者としても復帰しなきゃいけないみたいだし。帰ろうかな。
「もちろん、給料は出すよ。ギルド職員と役場の職員と冒険者。見ての通りの田舎だから、仕事量は少ないけど、王都にいる時よりも収入増えるかもね」
「やります、全力で」
俺は承諾した。収入が増えるのは大歓迎なので。
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