第4話:新しい職場、同僚
アストリウム王国は街道整備に熱心だ。冒険者やダンジョンから産出する物品のみならず、流通が国を豊かにするという考えからの政策である。
おかげで辺境といえども、それなりに街道が整っている。
一部を除いてだが。
ピーメイ村への道中、王都を出て五日ほどは大きな街道を乗り合いの馬車で移動。
そこからはどんどん王国の外れへと向かっていく。石畳は砂利の道になり、幅も細くなる。 最終的に固めた土になったり、山道を徒歩で越えたりして、歩くこと十五日間。
俺はようやく目的地に到着しようとしていた。
途中で雨が降って足止めを食らったおかげで、遅れてしまった。王国北西部のこの地域は低いが山越えが必要で、ちょっと大変なのだ。
ピーメイ村までの最後の道は歩きやすかった。幅が広く、薄く砂利が撒かれている。昔はもっと立派だったんだろうが、維持できなくなったんだろう。たまに、かつての石畳の名残が見えた。
「おお、これは凄いな」
ようやく見えてきた村の入り口は壮観だった。
俺の目に入ってきたのは、巨大な木の下部分。まるで壁のように佇む巨大な樹皮だ。
ピーメイ村はかつて世界樹と呼ばれるダンジョン内に存在する村だった。
世界樹は攻略され、崩壊。今では巨大な樹木の外皮部分がかつての名残として残っている。
元々が巨大な樹木だ、外皮は高く堅く、ちょっとした城壁になっている。しかも広い。
結果として、大きめの町一つを囲むように、世界樹の樹皮を城壁とした地域がここに生まれた。
ピーメイ村はその樹皮の裂け目から入る。その向こうは冒険者に攻略されつくした跡地だ。
昔はかなり盛況だったそうだが、それは百年も前の話。ダンジョンが無くなれば、主要街道から離れた山奥の村が辺境の田舎村になってしまうのは早かった。
とはいえ、世界樹を攻略したのはアストリウム王国の初代国王であったことなどもあって、今でもここには冒険者ギルドが置かれ、活動している。仕事のあるなしではなく、国家成立の歴史的な遺産を保護しているのに近い状態らしい。
「建国伝説に語られる場所なのに、寂しいもんだな」
そう呟きつつ、かつては多くの人が通ったであろう樹皮の裂け目に、俺は一人足を踏み入れた。
○○○
ピーメイ村はこじんまりとした造りをしていた。
道から入ってすぐに円形の広場。それを囲うように建物が並んでいる。建物の間隔が短く、余裕がないのは、かつてダンジョン内にあった名残だろう。
今では世界樹は無くなり、村からも青空が見える。町の外もダンジョンから普通の土地になっているはずだ。
村が盛況なら大きな立て替えをされただろうが、そうはならなかった。
おかげで歴史的な景観が保たれている。それに、買い物なんかはしやすそうだ。
ピーメイ村に対する俺の第一印象はそんなものだった。
冒険者ギルドは、広場沿いの建物の中で、一番大きな建築物だ。
具体的な日付はいえないけど、ちゃんと話は伝わってるはず。
ちょっと緊張しつつ、俺はドアを開く。
「こんにちは。今日から王都から移動してきたサズと申しますが……」
挨拶をしつつ、俺は言葉を失った。
ギルド内は思った以上に広かった。王都西部の支部くらいあるかもしれない。
ただ、問題は人だ。
中で待っていたのは男性一人。しかも、のんびりお茶を飲みながら、新聞を読んでいる。
わかっていたが、これほどか。
辺境に来たというのを身をもって思い知った俺に対して、男性はカップを置くと、こちらに柔和な笑みを浮かべた。
「やあ、こんにちは。待っていたよ。私はドレン。このギルドの課長と村長を兼任している」
立ち上がってこちらに握手を求められる。意外と動きが速い。
「宜しくお願いします。遅くなってすいません。途中で天気が悪くなってしまって」
課長兼村長を名乗った穏やかそうな男性と握手を交わす。年齢は三〇ちょっとくらいだろうか。話しやすそうだ。
「遠くからだからね。お疲れ様。今日の所は休んで、仕事は明日でいいよ。見ての通りのところだからね。そうだ、確認なんだけれど、サズ君は元冒険者でいいんだよね?」
「? はい。たしかにそうですが」
「いやあ、助かった。そういう経験者が一人もいなくてね、頼りになりそうだ」
なんだか不安になる反応だ。ギルド自体に冒険者だった人間がいないということだろうか。それでは噂通り資料整理の日々か?
「あの、俺が元冒険者だと、なにか助かるんですか?」
「ああ、実はここは冒険者も不足していてね、職員が冒険者も兼任しているんだ」
「それってもしかして……」
問いかけようとしたところで扉が開いた。
現れたのは、大きな荷物を背負った女の子だった。
小柄で茶髪で、大きな目と愛嬌のある表情をしている。元気の良い子なんだろうなというのが一目でわかるタイプだ。
「ふぅー。収穫ばっちりです。これでしばらく薬草採取はしなくていいでしょうねぇ」
少女はしみじみ言って巨大な袋を床に置く。
「あ…………」
それから顔を上げると、俺に気づいたようで、じっとこちらを見た。
「あわわわ……。えーと……えーと……」
何故か焦りつつ服の埃を払り、女の子は握りこぶしを口の辺りに持って来て言う。
「も、もしかして例の人ですか! ドレン課長!」
「そうだよ。サズ君だ。こちらはイーファ。このギルドの新人で、冒険者も兼任している」
ドレン課長がそう言うと、イーファは深々と一礼。
「はじめまして。イーファです。これから宜しくお願いします。先輩!」
弾けるような笑顔と共に、俺に元気よく挨拶してくれた。
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