第3話:懸念を残して、王都へさよなら

 なんだかんだで、引っ越しまで五日ほどかかった。

 もっと時間をかけても良かったんだが、ヒンナルの奴が思ったより早くやってくるのが決まってしまったため、慌てて準備した。


 ダンジョン攻略の引き継ぎ以外にも普段の仕事の引き継ぎもある。とにかく書類やらの言い渡しを繰り返し、合間に荷造りという感じだ。

 

 そして、仕事と引っ越し準備で疲れ果てたが、王都を発つ日がきた。


 朝一番の馬車で去ろうと思っていたが、ちゃんと挨拶していけという空気もあり、日中の出立だ。所長が気を使って、移動の日程に余裕をもってくれたからこそできたことでもある


「すまないね。サズ君。ギリギリまで仕事をさせてしまって」


 挨拶も兼ねて事務所に来た俺に向かって、所長はそう言ってくれた。

 今回の件は、この人のせいじゃない。むしろ、俺が引き継ぎに集中できるように色々と取り計らってくれていたくらいだ。


「いえ、皆さんのせいじゃありませんから。引き継ぎ、お願いしますね」

「わかっているよ。しっかり届ける」


 そういって、机の上に置かれた書類を見る。片手で掴むのは難しいくらいある書類の束。

 そこにはダンジョン攻略の人員や必要資材、これまで調べたことが全てまとまっている。

 とりあえず、これを読めばダンジョン攻略の準備は整うという資料が何とか完成した。 


 実際は、ここからが大変だ。ダンジョン攻略は、この西部支部の人員で回していかなければならない。多少の増員はあるが、どこも人手不足でそれほど期待できない。

 加えて、王都の近くで新ダンジョンが見つかったのは数十年ぶり、ノウハウは古く、新しく仕事を作るのに近い。

 

 だからこそ、最近まで冒険者だった俺が、その知識を生かしつつ、現場を回す算段だったのだが。余計なことをされて全て崩壊した。


 引き継ぎ書類を所長に渡していると、いつの間にか、室内の面々がこちらを見ていた。

 全員、恩人だ。冒険者上がりの俺に、仕事を教えてくれた。ダンジョン攻略の業務も一緒にやりたかった。


「皆さん、ありがとうございました。色々と置いていってしまって申し訳ありませんが……」

 

 ようやくギルドに貢献できると思ったのに、迷惑をかけることになってしまった。


「気にすることないよ。上が決めたことだもん」

「あっちに行っても元気でね。手紙くらい書くんだよ」


 手の空いてる人がそんな声をかけてくれる、感無量だ。


「そろそろ馬車の時間だ、早めに行くといい」


 窓の外を見ながら、所長がそういった。

 時刻は昼前、そろそろヒンナルが来る予定なので、気遣ってくれているのだろう。


「はい、それでは、お世話になり……」


 もう一度頭を下げようとしたときだった。

 職員用の扉が開いて、男が一人入ってくる。

 堂々とした態度で入ってきたのは、良い仕立ての衣服を着た男。背丈は高く、髪を整え、紳士然とした青年だ。身なりはよいのだが、その目つきがどこか胡散臭い雰囲気が漂わせている。

 どれだけ取り繕っても、本質は隠せないと言うことだろう。


「皆さんこんにちは。聞いていると思いますが、今日からこちらで働くヒンナルです。どうぞよろしく。ところで、僕の席はどちらかな?」


 ヒンナルは鷹揚かつ慇懃無礼な態度で、室内全員にそう挨拶した。

 それから全体を見回して、一瞬だけ俺の方を見ると、そのまま無視して俺の隣に立ち、所長に話しかける。


「よろしくお願いします。所長。一緒に大きな仕事が出来て光栄ですよ」

「ようこそ、ヒンナル君。君の席は私の隣だよ。こちらのサズ君の用意した引き継ぎ書類があるから目を通しておいてくれ」


 少し無感情に所長が言うと、意に介した様子もなく、ヒンナルが俺の方を見た。


「わかりました。……サズ君、後のことは安心してくれ。僕がしっかりやっておくから」

 

 そう言って肩に手を置いて、その場を去ろうとするヒンナル。

 正直、既に良い印象は無いんだが、仕事なので俺は口を開く。


「あの。引き継ぎ書類の他に、細かい資料は別室に置いてありますんで。いくつか気を付けないといけない冒険者もいますから」


 仕事をおろそかにするわけにはいかない。好ましい人物でないとはいえ、しっかりやってもらわなければ。


 俺の一言にヒンナルは即座に顔を歪めた。どうやら笑ったらしい。粘着質な嫌な笑みだ。

 薄笑いを浮かべたまま、ヒンナルが両肩に手を乗せて来た。


「大丈夫。冒険者なんてどこも一緒だよ。ギルドからの指示だといえばどうとでもなる」

「…………」


 冒険者ギルドを王様か何かと勘違いした一言を残して、ヒンナルは自分の席に向かった。


「…………さて、仕事をするかな」


 そう言ったヒンナルは俺の用意した資料を取って……目を通すかと思ったらすぐに机の中にしまった。


「……サズ君。後は私達に任せて出発しなさい」

「……はい」


 所長の言葉に、俺は極力感情を押し殺した声で返した。周りの人達が物凄い気を使った目線をこちらに送っている。

 

 これは、早くこの場を離れた方がよさそうだ。


「本当にお世話になりました」

「向こうでも上手くいくことを祈っているよ」


 深く頭を下げ、短くそう言葉を交わして、俺は最悪の気分で職場を後にした。 

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