第9話

 おかげで僕は受験勉強に集中することができ、無事に合格。

 大学では量子神経生体学という新学問を勉強し、人間の思考情報を量子データ化する技術の研究に携わっていた。

 基礎技術は確立されつつあったが、商業への応用が今後のテーマだった。


 大手企業からの公募があり、そこで出したアイデア「タイムヌードル」が採用され、商品化された。

 大学卒業後はそのまま、採用してくれた食品会社に就職、新製品の開発を進めている。

 芸能人や著名人の記憶がバンドルされたタイムヌードルが次々と発売される中、いよいよその日がやってきた。


「夢野遥シリーズが発売される!」

 一度忘れていた過去の記憶が蘇る、彼女への想い。


 僕は彼女のタイムヌードルを買い漁った。ストーカーのように思われるかもしれないが、こんな大人になっても、気持ちの整理がまだできていなかった。

 タイムヌードルを食べれば食べるほど募る、彼女への郷愁に似た苦しい恋心。


 そんな恋心が、ある日、突然断たれた。


「人気女優の夢野遥さんが、ご結婚されることになりました。お相手は……」

 都会の街頭を歩いているとき、ふと見上げた大型ホロディスプレイに、結婚のニュースが流れていた。

 心の中で、何かがパリンと割れる音がした。

 だからといって、彼女のことが嫌いになったわけじゃない。彼女の幸福を祝うべきだ。

 でもどうしても聞きたかったことがある、やりたかったことがある。

 それができる最後のチャンスだった……

 

「霧野さん、荷物が届いていますよ、えーと芸能プロダクションから」

「芸能プロダクション?」

 同僚から四角い段ボール箱を手渡された。

 送り元の名前を確認する。


 ――夢野 遥――


「え?」送り状の品名欄を確認すると、「カップラーメン」とだけ記載がある。

 箱のテープを引っ張り、上蓋を開けると、封筒が入っていた。

 封筒を手に取り、中から一枚の折られた和紙を取り出して広げてみると、それは万年筆で記された手書きの手紙だった。

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