第7話 兄妹
フォルテは極度の人見知りだ。初めて会う人とは顔も合わせることができない。
でも、なぜピートと出会ったときには、昔から知っていたように話せたのだろう。
今回は田舎のリンデン村から、遠くコンフリーの町までやってきた女の子の話をしよう。まだ13才の彼女は、初めての都会の喧騒に圧倒されていた。頭にはツバのせまい帽子をかぶり、ベージュのワンピースの上に毛糸のカーディガンを着ている。
前髪を眉の上に切りそろえ、長い髪をお下げにした少女の表情にはまだ幼さが残り、肩からさげたポシェットをギュッと握っている。大通りの人波に何度も押し流されそうになりながら、彼女は取り出した地図を片手に目的の建物を探していた。そしてとある看板の前で立ち止まる。
看板には『ダンジョン管理ギルド・アルカネット』と書かれていた。
「やっとたどり着いたわ。今までのことを話してもらうわよ。お兄ちゃん。」
ピートは宿屋のベッドで目を覚ました。新しい朝の光に向かって体を伸ばし、欠伸をひとつする。
以前、フォルテがベッドに忍び込んだことがあったため厳重に注意しておいた。ピートは男女関係なんてものは大人になってからと考えている初心な少年だ。だけど、フォルテはその垣根を平気で飛び越えてくる。ピートが ”あの日” のことを思い出すたびに顔を赤くしてしまうのも無理はない。
今日はコンフリーの大通りで買い物をする予定だ。冒険者といえば、ダンジョンにばかり潜っているイメージがあるが、忘れてはならないことがある。それはアイテムの買い出しだ。薬品ギルドの店先に並ぶ解毒薬や麻痺治し、回復薬などのアイテムは買っておいて損は無い。マジックアイテムギルドの店先には、スタックリングやエスケープリングといったダンジョンの必需品が並んでいる。特にエスケープリングを買い忘れた日には、いざ脱出というときに顔を青くして後悔することになるだろう。
ピートとフォルテが必要なアイテムを買いそろえながら歩いていると、アルカネットの建物が見えてきた。赤いレンガ屋根の温かい色が目に映る。入り口に差し掛かると、中からアンジェリカの穏やかな笑い声が聞こえてきた。彼女は誰かと話しているようだ。
「やだーアンジェリカさんたらー!」
「アニタちゃんも将来有望ですよー。」
アンジェリカと一緒に話す声はまだ幼さの残る女の子のように思われた。それも、ピートにはどこか聞き覚えのある声だ。
「あははは!」
「うふふふ!」
楽しそうなふたりの笑い声を聞きながら、ピートはだんだんと悪い予感を感じていた。
「この声は…。」
ピートはアンジェリカのいるカウンターの前で談笑している少女を見た。その子は、間違えるはずもない。ピートの妹のアニタだったのだ。
「アニタ! なんでここにいるんだ…?」
「あ、お兄ちゃん! わたしはお母さんに頼まれて近況を調べに来たんですー!」
ピートの迷惑そうな表情を読み取ったアニタは、即座にべ~っと舌を出した。
「わたしだって大変だったのよ! お兄ちゃんを探すためにこんなに人の多い街の中を歩き回ったんだから!」
アニタは大変だった道中を早口に話し始めた。『何でこんなに人が多いの!?』とか『地図を見ても複雑すぎてわからない!』など、グチを言い出したらキリがない。
とりあえずピートたちは、テーブルに座ることにした。アルカネットには木のテーブルと椅子が備え付けられており、冒険者たちがパーティごとにゆったりと座っている。
フォルテが奥に座り、ピート、アニタの順でテーブルに座る。フォルテはいつものように顔を逸らしながら口をキュッと結んでいる。初めて会うアニタに緊張しているのは確実だった。
「それより…お兄ちゃん…。」
アニタはピートの横に座っているフォルテを見ながら言った。
「2人はどんな関係なの?」
「どんな関係って…。そんなおかしなこと聞くんじゃありません。」
アニタはとたんに表情をにやけさせると、ピートを見ながら言った。
「あー、いやらしいんだー。言えないような関係なんだー。お母さんに言ってやろー。」
「こら、やめろ! フォルテさんは僕とパーティを組んでいる仲間なんだぞ。」
「フォルテさんかー…。パーティの割には2人しかいないのねー。怪しいなー…?」
アニタの感は妙に的を射ていた。確かにピートはフォルテに片思いをしている。だけど、そんな大事なことを恋愛話に興味津々な子供に知られるのは嫌だった。
「…母さんは元気にしてるのか?」
「おやおや? 話を逸らす気ですかー?」
ピートから話を聞き出せないので、アニタは我慢できなくなったようだ。早速フォルテに近寄っていったのだ。
「フォルテさん。はじめまして、アニタといいます。いつも兄がお世話になっています。」
「こ、こちらこそ、お世話になってる…。」
フォルテはアニタから顔をそむけながら挨拶した。彼女は明らかに緊張していた。
「やめなさい。フォルテさんは人見知りなんだから。」
「えー? なんでー? 挨拶してくれたよー。」
アニタとしては悪気は無いのだろうが、フォルテには辛い立ち位置だ。妹には黙って大人しくしていて欲しい。ピートがそう思っていると、フォルテは意外なことを言った。
「せ…せっかくだから…、街を案内しようか?」
「本当! ねえ、お兄ちゃん! いいよね?」
フォルテが勇気を出して歩み寄ってくれようとしてる。そんな彼女の好意を無為にはできないとピートは思った。
「ああ、フォルテさんに案内してもらっておいで。」
その後、アニタはフォルテに街を案内してもらったそうだ。服飾ギルドの通りでウインドウショッピングをしたり、出店でクレープをご馳走してもらったことを嬉しそうに語った。
また、アニタが下げているポシェットがスリに盗られそうになったとき、フォルテはスリを押さえつけてポシェットを取り戻したそうだ。それからアニタはフォルテのことが大好きになってしまったという。
「フォルテさん、カッコよかったよ。泥棒は逃げちゃったけど、わたしのポシェットを取り返してくれたの。」
アニタは嬉しそうな顔で成り行きを語った。
「私のポシェット…、お父さんとお母さんが誕生日に買ってくれた大切なものだから。嬉しかった。」
「よかったな。フォルテさんにちゃんとお礼をいうんだぞ。」
「…うん!!」
宿屋でピートは、アニタの分を足して2人部屋を頼んだ。
すっかり遊び疲れてしまったアニタは、ベッドまでたどり着くと電池が切れたように倒れ込んだ。そして、そのままベッドでくうくうと寝息を立てている。
ピートは窓を開いて、空の下に輝く星を見ていた。すると部屋のドアをコツコツとノックする音が聞こえる。誰かと思って出てみると、フォルテが入り口に立っていた。
「こっちの部屋に来ない?」
フォルテは小声で囁いた。妹の着ている毛布を掛けなおすと、ピートはフォルテの部屋にお邪魔することにした。
「今日はありがとうございます。フォルテさんのおかげで妹も喜んでいました。」
「いいえ、礼にはおよばないわ。」
フォルテは金色の髪を月の光のように輝かせながら、顔をほころばせた。
「アニタのおかげで少し人見知りが直ったような気がする。お礼を言うのはこちらの方よ。」
ピートはふと気になったことをフォルテに尋ねた。
「フォルテさんのご両親はどこに住んでいらっしゃるんですか?」
「私の母親は遠くにひとりで住んでいるけど、しばらく会っていないんだ。父親はわたしが子供の頃に死んでしまったから…。」
「ご…ごめんなさい…。」
「いいんだ。兄妹というのはいいものだな。心が温かくなる。」
次の朝。気が付くとアニタは部屋のベッドで一人寝ていた。
「お兄ちゃーん!どこにいるの? 」
アニタは兄を探したがどこにも見つからなかった。そのため、フォルテの部屋を尋ねたのだった。
フォルテの部屋は鍵が開いていた。アニタは「お邪魔しまーす…。」と部屋のドアを開けた。
そこには同じベッドで眠るピートとフォルテがいた。ふたりは夜半まで話をしていたが、睡魔に耐えられず眠ってしまい、重なるようにしてベッドに沈んでいたのだった。
アニタはそれを見て、わなわなと不快感をあらわにした。
「やっぱり…、やっぱりいやらしいわー!!」
アニタの声が早朝の宿屋に響いた。
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