第5話 早朝の事故
トビオ渓谷。リンデン村から山をいくつか越えたところにある深い谷だ。橋がひとつ架かっており、谷底の水を飲む動物の姿をうかがうことができる。そのような穏やかな姿は冬になると激変する。渓流を凍てつかせんほどの吹雪が山頂から吹き荒れ、木々は雪の絨毯に覆われていく。剝き出しの岩肌には雪が積もり、崩れて雪崩となる。そのように危険な自然を前に動物たちは体を寄せ合い冬が過ぎるのを待つのだった。ピートは幼いころ、猟師である祖父に会いにトビオ渓谷に来ていた。そして谷底に何か動くものを見つけたのだった。あれは何だろう?橋から見てみよう。あれ?見えなくなった…。
まぶたの裏が明るい。チッチッチッと鳥のさえずりが聞こえてくる。
『ああ、朝だ。』
出窓から差し込む光が意識を覚醒させていく。目を覚ましたのは宿屋のベッドの上だった。柔らかい日差しの中、ピートは温かい毛布の感触を楽しみながら、しばし微睡んでいた。
「ん~~~~~…もう少し…。」
ピートが目を半開きにする…と、少年の目前、顔と顔が重なるほどの距離でフォルテが寝息を立てていた。
あまりの衝撃にピートは動けなかった。突然のことで心臓の鼓動が短距離走者のように高鳴っていく。同時にピートはフォルテから目を離すことが出来なかった。
美しく端正な少女が子供のように無垢な顔で眠っている。水に濡れたような長いまつ毛。人形のように丸いカーブを描いた鼻先。水分を含みピンク色に艶めく唇は、吐息とともに小さく上下している。
美しい金髪がベッドシーツに広がり、女の子の甘い香りがしてきた。
「んん…………。」
フォルテは毛布の隙間から入り込んだ外気より逃れようとして身をよじった。
『わっ……!!』
ピートはもう少しで声を上げそうになった。どうやらフォルテは、下着を着ただけの姿で毛布に潜り込んでいるようなのだ。
両腕の隙間から、布面積の少ない下着に小ぶりな胸の谷間がのぞいている。下半身には股間部に柔らかく張り付いた下着と、妖精のように柔らかで細く伸びる太腿の曲線があらわになっていた。無防備な真っ白い肌は薄桃色に瑞々しく色づき、少年の目の前にさらけ出されている。
ピートの頭の中は、火をかけたやかんの様に沸騰し始めていた。ピー――ッと音を出す前にこの状況を何とかしなければいけない。
ピートは音を立てずに慎重にベッドから下りると、フォルテが起きないように毛布を被せる。そして枕元の戸棚から衣服や道具を取り出し、逃げるように部屋を出た。顔は茹で上がったように真っ赤だし、心臓は破裂寸前だ。
「うぅ……ん。」
フォルテは顔をしかめたかと思うと、そのままスゥスゥと吐息をもらし始める。
ピートはパンツ姿で廊下に飛び出すと、あわてて服を着た。そして頭を抱えた。
「なんでぼくのベッドの中にフォルテさんが!!」
ピートは急いで昨日のことを思い出していた。昨日…昨日といえば…。
昨日の夜、ピートはフォルテの部屋でダンジョン攻略について話し合っていた。冒険の疲れか、眠気に襲われ意識を失うピート。あとは見たままの顛末だ。ピートの寝ているシングルベッドにフォルテが服を脱いでするりと入り込んできたのだ。
「いや…鈍感すぎるでしょ!男女で同じベッドに寝るなんてさ! 僕だって男の子なんだからね! 男と思われてなくても男だよ!無防備すぎるでしょ!? そういうのは駄目だよ!」
そんなことを考えながら、フォルテが起きるまで部屋の前で待つピートだった。
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