第3話 受難

ピートはダンジョン管理ギルド・アルカネットのロビーにいた。今日も仲間に誘ってくれる人はいない。少年は掲示板の仲間募集を見ながらため息をついた。

『剣士募集!レベル30以上を希望。』

『ガードの仲間を募集します!当方パーティは平均レベル25です。』

ダンジョンに向かう冒険者には、レベルという数値が存在する。それぞれの冒険者の習熟度、経験値の高さを表すものであり、かみ砕いて言えば強さの目安だ。

モンスターと戦い勝利することによって冒険者たちのレベルは上がっていく。レベルの上昇に伴い、基礎体力や攻撃力などが向上し、より深い階層へと挑戦することができるのだ。冒険者たちのレベルはアルカネットに置いてある”強者の鏡”でいつでも確認できる。見た分には何の変哲もない鏡だが、冒険者が姿を映すと現在のレベルが浮かび上がる。アルカネットでも人気のあるマジックアイテムである。

当然だが、駆け出しの冒険者のレベルは1から始まる。そのため、初心者のピートを誘ってくれるパーティなんて滅多にいない。少年はずっとスタート位置から進めないでいた。

そんなピートに声をかける人物がいた。

「なあ!あんた強化魔術師なんだってな。俺たちのパーティに入ってくれないか?」

ピートが振り返ると、剣士と思われる青年が声をかけてきたのだった。

「俺たち初心者の冒険者パーティなんだ。あんたもそうなんだろ?」

「私たち、地下10階層の火炎サソリを倒したいの。だから、あなたにバッファーとして援護をして欲しいのよ。」

魔術師の女性は手のひらを合わせてお願いのポーズをとった。どうやら剣士と魔術師の男女2人パーティのようだ。それも滅多に見かけない初心者パーティである。

地下10階層の火炎さそりはその固い外殻で攻撃が通りにくいモンスターだと聞いたことがある。だからピートの強化魔術師の職業が必要とされたのだ。ピートは自分が冒険者のパーティに入れることに心から喜びを感じていた。やっとパーティに入る夢が叶う。そして冒険者としてダンジョンへ潜る日々が始まるんだ。ピートは彼らの誘いを天からの光明だと思った。

「よ…よろこんで!!」

ピートはとびきりの笑顔で承諾した。そして、3人は互いに握手を交わすのだった。


ピートが冒険者パーティに参加してから、いくらかの時間が経った。少年の冒険者としてのレベルは向上していた。しかし、パーティの平均レベルは18。それに比べてピートのレベルは10ほどであり、仲間を強化する魔術の効果も貧弱だった。ピートの強化バフの種類は単体攻撃力強化と単体防御力強化。効果は攻撃力+20と防御力+20といった微々たるもの。ピートのバフの詠唱が終わる頃には、モンスターは既に倒されているのだった。前線で戦う仲間からは呆れ顔とため息が向けられた。

「はあ~…本当に役に立たねえなぁ。ピート。」

「これで経験値だけはちゃっかり貰っていくんだもの…。楽な仕事よね。」

剣士と魔術師は皮肉と嘲笑を込めてそう言った。

「俺が仲間に誘ったよしみだから、パーティには置いてやるけどよ。お前程度のバッファーはいくらでもいるんだよ!」

剣士はそう吐き捨てた。いつしかピートは彼らの荷物持ちとして後ろをついていく役割になっていた。戦闘に加わらなければ経験値はもらえない。そうなればずっとレベル10のままだ。

だけどパーティから放り出されるのは怖い。そうなれば、また掲示板の前でひとり待つ日々が始まる。それだけは嫌だ。ピートは必死に耐えていた。

アイテムを換金してパーティで山分けするときも、ピートの取り分はほんの少しだった。宿屋にも泊まれず、雨の日も軒先で震える毎日。そんなとき、アンジェリカがピートをアルカネットの離れの倉庫に泊めさせてくれた。

「はいピート君、毛布です。あと、このことは内緒ですよ♪」

アンジェリカはウィンクをして笑顔で言った。ピートは涙が止まらなかった。アンジェリカは彼の命の恩人だ。

今日もパーティと一緒にダンジョンへと潜る。ピートの日々の疲れは次第に溜まっていた。いつもより足取りが重い。そんなピートを見てか知らずか、仲間たちはどんどん先に行ってしまう。

「みんな…待って…。」

ぼんやりとした頭と身体を引きずって、仲間に追いつこうとしていたとき、ピートは聞いてしまった。

「ピートの奴、もう駄目だな…。」

「もう役に立たないから置いてっちゃおうよ。」

ひそひそと話す男女の声がかすかに前方から聞こえる。

「待って、置いていかないで…。」

ピートは必死に走った。ダンジョンの通路の角を曲がって、広い場所に出る。そこに仲間たちの姿は無かった。ピートは誰もいない広間を見渡して愕然とした。

「置いて行かれた…。」

どうにか保っていた気力がプツリと切れた気がした。その場で足の力が抜けて座り込む。

ダンジョンの途中でひとりになる。それはたった1人でモンスターの巣に放り込まれたようなものだ。運が良ければ、他のパーティと出会う事ができるかもしれない。しかし、そんな事が起きる確率は極めて小さい。ピートは奇跡のような可能性にすがっていた。

そのとき、地面を震わすズシン…という地響きが、広場に通じる通路の奥から聞こえてきた。

ズシン…ズシン…。少年が座り込んでいる広間に向かって地響きは近づいてくる。これが巨大なモンスターであることはピートにも薄々感じられた。

やがて、通路から現われた巨大な影は、壁の灯火に照らされてその姿を現した。

「か…火炎サソリ…。」

ピートの顔色は土気色へと変っていった。現われたモンスターは地下10階層のフロアボス、火炎サソリだったからだ。モンスターはピートの存在に気づくと、その巨体から長い尻尾を標的に向かって振り上げた。尻尾の先には猛毒を含んだ毒針が光っている。

ピートの身体は瞬く間に動かなくなった。早く逃げなければ。足を必死で動かそうとする。

「あ…れ…?」

どんなに力を入れても足が動かない。全身を恐怖に包まれた体は、腰から下が虚脱してしまっている。まるでヘビに睨まれたカエルのようだ。

「誰か…助けて…。」

ピートの目に涙が浮かんだ。ピートは死を覚悟しながら、自分の不甲斐なさに涙を流したのだ。

「お父さん…お母さん…家族のみんな…。アンジェリカさん…。情けない冒険者でごめんなさい…。」

そのとき、広間の上空を大きく跳躍する影とともに、ひとりの少女がピートの目の前に着地した。

「そこの君!早く逃げて!」

少女の声が響く。小柄な体躯。金色の髪がふたつに結ばれて目の前になびいている。手には両刃の剣を握っている。

ふと僕の方を振り返った少女は絶世の美少女だった。これが、ピートとソロハンター・フォルテの初めての出会いだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る