第3話 受難
ピートは毎日のようにダンジョン管理ギルド・アルカネットに通った。今日も仲間に誘ってくれる人はいない。
少年は掲示板の仲間募集を見ながらため息をついた。
『剣士募集!レベル30以上を希望。』
『ガードの仲間を募集します!当方パーティは平均レベル25です。』
ダンジョンに向かう冒険者には、レベルという数値が存在する。それぞれの冒険者の習熟度、経験値の高さを表すものであり、かみ砕いて言えば強さの目安だ。
モンスターと戦い勝利することによって冒険者たちのレベルは上がっていく。レベルの上昇に伴い、基礎体力や攻撃力などが向上し、より深い階層へと挑戦することができるのだ。
冒険者たちのレベルはアルカネットに置いてある”強者の鏡”でいつでも確認できる。見た分には何の変哲もない鏡だが、冒険者が姿を映すと現在のレベルが浮かび上がる。アルカネットでも人気のあるマジックアイテムである。
当然だが、駆け出しの冒険者のレベルは1から始まる。そのため、初心者のピートを誘ってくれるパーティなんて滅多にいない。少年はずっとスタート位置から進めないでいた。
そんなピートに声をかける人物がいた。
「なあ!あんた強化魔術師なんだってな。俺たちのパーティに入ってくれないか?」
ピートが振り返ると、剣士と思われる青年が声をかけてきたのだった。
「俺たち初心者の冒険者パーティなんだ。あんたもそうなんだろ?」
「私たち、地下10階層の火炎サソリを倒したいの。だから、あなたにバッファーとして援護をして欲しいのよ。」
魔術師の女性は手のひらを合わせてお願いのポーズをした。話を聞くと、どうやら剣士と魔術師の初心者パーティである。
地下10階層の火炎サソリはその固い外殻で攻撃が通りにくいモンスターだと聞いたことがある。だからピートの強化魔術師の職業が必要とされたのだ。
ピートは自分が冒険者のパーティに入れることに心から喜びを感じていた。やっとパーティに入る夢が叶う。そして冒険者としてダンジョンを探検する日々が始まるんだ。
ピートは彼らの誘いを一筋の光明だと思った。
「よ…よろこんで!!」
ピートはとびきりの笑顔で承諾した。そして、3人は互いに握手を交わすのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ピートが冒険者パーティに参加してから、一ヶ月ほどの期間が経った。
パーティの平均レベルは21。それに比べてピートのレベルは10ほどであり、仲間を強化する魔術の効果も貧弱だった。
ピートの強化バフの種類は単体攻撃力強化と単体防御力強化のふたつ。効果はそれぞれ攻撃力+20と防御力+20といった微々たるものである。ピートのバフの詠唱が終わる頃には、モンスターは既に倒されているのだった。前線で戦う仲間からは呆れ顔とため息が向けられた。
「はあ~…本当に役に立たねえなぁ。ピート。」
「これで経験値だけはちゃっかり貰っていくんだもの…。楽な仕事よね。」
剣士と魔術師は皮肉と嘲笑を込めてそう言った。
「俺が仲間に誘ったよしみだから、パーティには置いてやるけどよ。お前程度のバッファーはいくらでもいるんだよ!」
剣士はそう吐き捨てた。いつしかピートは彼らの荷物持ちとして後ろをついていく役割になっていた。戦闘に加わらなければ経験値はもらえない。そうなればずっとレベルは10のままだ。
だけどパーティから放り出されるのは怖い。そうなれば、また掲示板の前でひとり待つ日々が始まる。
それだけは嫌だ。
ピートは必死に耐えていた。
アイテムを換金してパーティで山分けするときも、ピートの取り分はほんの少しだった。宿屋にも泊まれず、雨の日も軒先で震える毎日。
そんなとき、アンジェリカがピートをアルカネットの離れの小屋に泊めさせてくれた。
「はいピート君、毛布です。あと、このことは内緒ですよ♪」
アンジェリカはウィンクをして笑顔で言った。ピートは涙が止まらなかった。アンジェリカは彼の命の恩人だ。
今日もパーティと一緒にダンジョンへと潜る。
ピートの日々の疲れは次第に溜まっていた。
いつもより足取りが重い。
そんなピートを見てか知らずか、仲間たちはどんどん先に行ってしまう。
「ちょっと…みんな…待って…。」
ピートはぼんやりとした頭と身体を引きずって、仲間に追いつこうとしていた。
そのとき、彼は聞いてしまった。
「ピートの奴、もう駄目だな…。」
「もう役に立たないから置いてっちゃおうよ。」
ひそひそと話す男女の声がかすかに前方から聞こえる。
「待って、置いていかないで…。」
ピートは必死に走った。ダンジョンの通路の角を曲がって、広い場所に出る。
そこに仲間たちの姿は無かった。砕け落ちた岩石と砂が積もっている広間があるだけだ。ピートは状況を知り愕然とした。
「置いて行かれた…。」
どうにか保っていた気力がプツリと切れた気がした。その場で足の力が抜けて座り込む。
ダンジョンの途中でひとりになる。それはたった1人でモンスターの巣に放り込まれたようなものだ。
運が良ければ、他のパーティと出会う事ができるかもしれない。しかし、そんな事が起きる確率は極めて小さい。ピートは奇跡のような可能性にすがっていた。
そのとき、地面を震わすズシン…という地響きが、広場に通じる通路の奥から聞こえてきた。
ズシン…ズシン…。少年が座り込んでいる広間に向かって地響きは近づいてくる。これが巨大なモンスターであることはピートにも薄々感じられた。
やがて、通路から現われた巨大な影は、壁の灯火に照らされてその姿を現した。
「か…火炎サソリ…。」
ピートの顔色は土気色へと変っていった。現われたモンスターは地下10階層のフロアボス、火炎サソリだったからだ。モンスターはピートの存在に気づくと、その巨体から伸びる長い尻尾を標的に向かって振り上げた。尻尾の先には猛毒を含んだ毒針が光っている。
ピートの体は瞬く間に動かなくなった。早く逃げなければ。足を必死で動かそうとする。
「あ…れ…?」
どんなに力を入れても足が動かない。全身を恐怖に包まれた体は、腰から下が虚脱してしまっている。まるでヘビに睨まれたカエルのようだ。
「誰か…助けて…。」
ピートの目に涙が浮かんだ。ピートは死を覚悟しながら、自分の不甲斐なさに涙を流したのだ。
「お父さん…お母さん…家族のみんな…。アンジェリカさん…。情けない冒険者でごめんなさい…。」
そのとき、広間の上空を大きく跳躍しながら人影が火炎サソリを急襲した。火炎サソリが突然の気配に目ざとく振り返る。その勢いでピートは火炎サソリの尻尾に弾き飛ばされた。
一瞬意識がとんだ。
『僕は死んだのだろうか…。』
目の中にチカチカとした光が明滅する。
口の中にじゃりじゃりとした感触がした。
『いや、まだ生きてる!!』
ピートは火炎サソリの尻尾に打たれた衝撃で砂の山に体から突っ込んだのだ。
毒針を受けずに済んだのは幸せだったが体が動かなかった。
幸いに、敵からちょうど死角になる位置に岩石が覆っている。火炎サソリもこちらに背を向けている。
対峙するのは小柄な体躯。金色の髪がふたつに結ばれてなびいている。
それは剣を握ったハーフエルフの少女だった。
これが、ピートとソロハンター・フォルテの初めての出会いだった。
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