第2話 旅立ち

冒険者。モンスターと戦い、財宝を手にすることを生業とするものをそう呼ぶ。


この世界の各地には、ダンジョンと呼ばれる危険な迷宮が次々と発見されている。長い時代の中で、高名な冒険者が現われてはダンジョンを攻略し、人里に危害が加わらないように隔離した。彼らは後に、勇者として語られることになる。


勇者たちは後世の冒険者の育成のために、隔離したダンジョンにその本来の機能を残した。つまり、攻略されたダンジョンにもモンスターが徘徊し、財宝を貯め込んでいるのだ。

世界各地に意図的に残されたダンジョンは、とあるギルドによって管理された。それが『ダンジョン管理ギルド・アルカネット』だ。

ダンジョンは世界中で管理され、攻略難易度に基づいてランクを付けられた。易しい方から初級、中級、上級、そして最も危険な勇者級となる。


次はダンジョンでモンスターと戦う冒険者について詳しく説明しよう。冒険者にはさまざまな職業(ジョブ)が存在する。剣を使い敵を薙ぎ払う剣士。巨大な盾で味方を守るガード。遠距離から強力な魔術で敵を撃破する魔術師。味方の傷の回復を行う僧侶。味方を強化する強化魔術師などはかなりマイナーな部類に入る。


これ以外にもさまざまなジョブの冒険者たちがパーティを組んでダンジョンに挑む。世界各地のダンジョンには毎日たくさんの冒険者パーティが腕を競っているのだ。


パーティが大きくなると、ギルドと呼ばれる自治組織が生まれることになる。

一番大きな規模を持つギルドは冒険者ギルドで、ダンジョン攻略に特化した組織がアルカネットから認可登録されていくつも存在する。

他にわかりやすいのは職人系ギルドだ。鍛冶屋や道具精製の職人たちが集まった組織が製造物の流通と販売を行う。


こうしてダンジョンの周りに人が集まり、交易が盛んになると行商人や町人も増える。ダンジョンの周りには巨大交易都市が構築されていった。

ダンジョンのある所に大都市あり。ダンジョンと冒険者は巨大産業を支えていると言っても過言ではないのだ。


ダンジョンは階を深めるたびにモンスターも凶暴になるが、高価なアイテムや宝が手に入る。そんな危険と裏返しの一攫千金の夢にかられた者たちこそ冒険者だ。

昨今では一大冒険者ブームが巻き起こっていた。


◇◇◆◆◇◇◆◆


物語を始める前に、ピートという少年の生い立ちを説明しておこう。

ピート・ラムズイヤーは田舎にある小さな村、リンデン村に四人兄妹の三男として生まれた。

小さな頃から冒険者に憧れていたピートは、元剣士だった父親に剣術を教わった。しかし、剣士としての素質がなかったことからそれを断念する。剣の稽古に勤しむ兄たちを見ながら、少年は孤独と疎外感を覚えていた。そんなピートを見かねた母親は、リンデン村にある魔術師学校に通うことを勧めた。


魔術師学校には、おばあちゃん先生と呼ばれる高齢の魔術師が小さな学校を開いていた。ピートはその学校に通うことになった。ピートにとって、時間をかけて魔術を習得することは性に合っていた。座学と読書、魔術の詠唱といったカリキュラム。それらをおばあちゃん先生は笑顔を絶やさず、少年のペースに合わせて辛抱強く教えてくれた。こうしてピートは魔術師の基礎を学習し、やがて仲間を援護する強化魔術師になったのだ。


ピートは15才の春になると、魔術師学校を卒業した。そしてダンジョンのある交易都市コンフリーで冒険者になることを決意した。父親や兄たちとは疎遠になったが、母親と妹は味方でいてくれた。

「いつでも帰って来なさい。」

そういって母はピートを励ました。旅立ちの日、馬車の中で食べた手作りのサンドイッチの味をピートは決して忘れないだろう。


初めての上京にピートは戸惑っていた。そこには、リンデン村では見たことのない光景が広がっていたからだ。

コンフリーの街では石畳が大通りの果てまで続き、その左右には石造りの建築物が空高く立ち並んでいる。


ここは街の目抜き通り。多くの冒険者と商人たちの交易の中心なのだ。

道路端に立ち並ぶ商店には、職人の作った武器や道具が大通りにはみ出すように並べられている。

大通りには冒険者たち、街の住人、さまざまなギルドの面々がパレードのように行列を作って練り歩いていく。まるでお祭りのような騒がしさだが、これがこの街の日常なのだろう。


人の流れは足を動かしていなければ飲み込まれてしまうほどに押し寄せてくる。ピートは足を踏ん張って人波の隙間をどうにかくぐり抜けていった。そして地図を片手に目的の場所を探してまわった。

初めて歩くコンフリーの目抜き通りに右往左往していると、探していた建物の看板が目の前に現れた。その頃には、ピートの足は棒になっていた。


「ああ…、やっと見つけた…。」

ピートの目の前にはレンガ屋根の立派な建物があった。

看板には『ダンジョン管理ギルド・アルカネット』と書かれていた。アルカネットは世界中に存在しているダンジョンを管理・統括する最上級ギルドである。最初の勇者パーティが作ったギルドという話だ。

コンフリーの街にあるのはアルカネット・コンフリー支店となる。


アルカネットは冒険者の仕事斡旋や情報共有を行うための有力な情報網を持っている。ダンジョンで冒険者が遭難した出た場合には探索部隊を斡旋する。

また、凶悪な犯罪者が現われた場合には顔や容姿などの情報をビラに刷って掲示板に提示する。情報が命である冒険者にとってはなくてはならないギルドだ。


交易都市コンフリーには、地下に伸びる巨大なダンジョンが存在している。通称はコンフリー・ダンジョン。

アルカネットの付けたランクは初級。つまり、冒険者に成りたての初心者が最初に向かうダンジョンとしてうってつけなのである。

ピートが交易都市コンフリーで、ダンジョン管理ギルド・アルカネットを探していたのは冒険者の登録をするためだ。冒険者としてリストに登録されなければダンジョンに入ることはできない。


アルカネットでは、冒険者の登録、ギルドの申請、宝物の換金などを代行してくれる。さらには希少アイテムの金庫管理や、貨幣であるゴールドの貯金・貸出しをするための銀行の運営も行っている。


アルカネット・コンフリー支店はレンガ建ての明るい発色をしている。入り口に近づくと、室内の見渡せるスイングドアにより淡いランプの光が目に入ってきた。

ピートは緊張しながらそそくさと受付カウンターに歩み寄ると、太陽のような笑顔が印象的な女性に話しかけた。


「すいません。冒険者登録をしたいんですが…。」

「はい、いつもお世話になっております。受付のアンジェリカと申します。」


アンジェリカは周りがパアッと明るくなるような満面の笑みで答えた。彼女は世間話をしながら、冒険者登録の申請書を慣れた手つきで書き込んでいく。

手続きが終わると、アンジェリカはピートに初心者のためのアドバイスを始めた。


内容は大きく分けると3つだ。まずはパーティの募集のしかた。これがわからなければ冒険者としてダンジョンに向かう事はできない。

通常、ダンジョンに挑戦するためには最低でも4人のパーティが必要だといえる。前線で戦う剣士や重戦士、遠距離攻撃を得意とする魔術師や弓兵、仲間を回復する僧侶などが力を合わせて戦う。

コンフリー・ダンジョンでは地下深くの階層に進むほどモンスターの強さが上がる。さらには、階層の各所にはフロアボスといわれる強力な親玉モンスターが潜んでいる。フロアボスとの戦いには、大楯を使って敵の攻撃を防御するガードという職業がいれば有利に戦うことができる。

またダンジョンの地下深くには凶悪な罠が仕掛けられていることも多い。そんなときには、トレジャーハンターの出番だ。巧みに仕掛けられたトラップを研ぎ澄まされた感覚で見抜き、解除することができる。


ふたつめは、冒険者レベルに合わせたクエストの受け方についてだ。クエストとは、ギルドや一般の冒険者から出されるダンジョン内のおつかい任務である。

例えば、特定のモンスターを倒して落としたアイテムを持ち帰る。時間になっても帰らない冒険者を助けに行くなどの任務を遂行して、依頼者からゴールドをもらうシステムである。

クエストはアルカネットの掲示板で常時更新されているので、確認を欠かさないのが吉だという話だ。


最後に、マジックアイテムの重要性についてである。マジックアイテムとは、魔術師と道具職人が力を合わせて作った”魔術を応用したアイテム”である。

ダンジョンの深層から地上へ脱出できるエスケープリング。ダンジョンを照らし出すマジックランタンなど、冒険者には欠かせない必需品が揃っている。


「以上が初心者の冒険者に重要な3つのアドバイスです♪ ピート君もダンジョンではくれぐれも無茶をしないように気を付けてくださいね。」


アンジェリカとピートはすぐに仲良くなった。初心者のピートにとっては冒険者のいろはを教えてくれる親切丁寧なお姉さんという存在だったからだ。


「15歳ですかー…。初々しいですねピート君。お姉さんいつでも力になっちゃいます!」

「ありがとうございます! アンジェリカさん。僕も仲間とパーティを組んでダンジョンに挑戦できるように頑張ります!」

「でも冒険者も色々な人がいますからね…。お姉さん、ピート君が悪い人に騙されないか心配だなぁ…。」


アンジェリカがぽつりと呟いた予感は、後に的中することになる。

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