強化魔術師に大事な恋の呪文

形而上

第1話 恋に落ちた少年

呪文は詠う。精霊は踊る。秘めた力を現世に顕現させんとする強化魔術師の声が響く。

「祝福の精霊よ。かのものに戦いの恩恵を与えんこと。その名はフォルテ。」

魔術師の少年は、目の前に立つか細い少女に強化魔術を唱えている。

二人の年齢は互いに十代半ばに見える。

精霊が光を放ち、少年のかかげた手のひらを少女の背中へと誘った。術者が被術者の身体に触れて発動する魔術なのである。

強化魔術とは仲間の身体能力を向上させることができるため、モンスターとの戦闘において必要不可欠なものだ。強化魔術には物理攻撃力、物理防御力の向上、さらには敏捷性や魔法耐性のアップなど様々な種類がある。強化魔術の使い手は一般にバッファーとも呼ばれ、仲間の身体能力を強化する魔術をバフと呼ぶ。

少女の白い背中の前に手のひらをかざした少年魔術師は、なにやら言葉を呟いた。

「フォルテさん…きです。」

「ピート、声が小さいわ。」

少年の声が恥ずかしそうに消え入る。すぐさま、それを少女が強い語勢で諫める。

「フォルテさん…す……すきです…。」

「ピート、もっと大きな声で!」

「フォルテさん…あなたが大好きです!!」

少年の叫びとともに強化魔術が発動し、フォルテと呼ばれた少女の白い肌の奥に吸い込まれていく。

肩甲骨と肩甲骨の間に魔術の光は消え、少年魔術師の手が所在なさげに残されていた。

ああ…こんな恥ずかしい強化魔術があるだろうか。強化魔術を唱えるたびにピートはフォルテに告白しなければいけないのだ。それに、彼がフォルテを好きなのは本当なのである。顔から火が出るほどの羞恥心に、ピートは手で自分の顔を覆った。

黒い髪の毛を眉の上で切ったフェミニンな顔立ちは、ときどき女の子に間違えられる。だが、ピートはそれをとても気にしていた。彼にとって、それは男らしくないと同義だからである。強くて勇気のある勇者級の冒険者になるのが彼の夢だった。

その一方で、フォルテは胸部と腰部に防具を付けた身軽な恰好で剣の素振りをしていた。その剣の速度は一般の剣士を優に超えている。

「うん、攻撃力と防御力が4倍は上がっている! ピートのバフのおかげよ。これなら20階層もクリアできるわ。」

フォルテは金色の髪をハーフエルフならではの尖った両耳の上からツインテールに結んでおり、華奢な身体をくるりと回して言った。顔はほころび、目は赤色に輝いている。白磁のような肌に幼さの残る整った顔。しかして、二重瞼とピンク色の唇は彼女の気の強さを表している。かわいい…。ピートはつい顔を赤らめてしまった。

彼女は父方がエルフ、母方が人間のハーフエルフである。森に住むエルフとは違い長命ではないそうだ。

だからピートとフォルテは同じ15歳。男子の中では成長が遅れているのを気にしているピートだが、女の子であるフォルテはさらに小柄で華奢な体付きだ。

フォルテは小柄な身体を補うほどの剣のスキルと冒険者としての経験を持ちながら、仲間を作らないことを信条としていた。ソロ(ひとり)パーティでモンスターを倒し、宝物を狙う”ソロハンター”として名前も知られていた。

ピートはといえば …。パーティの仲間からは強化魔術師の落ちこぼれといわれ、できることなら荷物持ちでも何でもした。ピートのような仲間を援護する役職のものがパーティを放り出されてしまったら、モンスターと戦う術はなくなる。つまり冒険者は廃業なのだ。

そんなピートとフォルテが出会ったのは神さまの気まぐれだった。ピートの強化魔術には”好きな人”のステータスを何倍にも強化する”特殊スキル”があったのだ。

フォルテはピートのバフ能力を初めて褒めてくれた人だった。

「すごいじゃないか!その強化魔術。私と仲間になってくれないか?」

こうしてピートはソロハンター・フォルテの初めての仲間となったのだ。

この物語は、ピートの下心から生まれた呪文(スペル)と初恋の話である。

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