第8話

 視線を前に向けると、すぐ目と鼻の先に葉子さんの顔があった。

「城下くん、あ、あの」

「ごめん、でも今すぐ君に告白しておきたいことがある」

「な、何かしら?」

 葉子さんは顔を紅潮させ、視線を下に逸らした。僕はあのカードを突き付けることにした。

「君に『挑戦』したい」

「えっ?」

「この間の競技ポーカー決勝戦、ぎりぎりのところで君に敗退した。すごく悔しかった。でももう負けない、僕は切り札を手に入れた。もう一度チャンスをくれないか? 絶対に勝ってみせる」

「……ごめん、降ろしてくれるかな?」

 ふと気づくと、葉子さんの肩と臀部でんぶを両腕でしっかりと押えた状態だった。


「あ、悪い、忘れていた」

 葉子さんをすぐに両腕から解放すると、彼女はスカートのすそをパンパンと叩いて、キリッとした視線を僕に向けた。

「君に何があったかは知らないけど、いい度胸ね。いつも弱気な君から、そんな言葉が出てくるとは想像もしなかったわ。 ……準備はできているの?」

 僕は鞄の隙間から、まだ開封していないカードデッキを覗かせた。

「ふうん、それじゃあカフェでも探して、そこで再戦といきましょうか。でもね、君にまだ言ってなかったことがあるの」

 葉子さんはショルダーバッグから、ポンポンのついた帽子を取り出すと、被ってみせた。

「トランプ競技界で『不敗の道化師クラウン』と呼ばれているの。そんな異名を持つ私に勝てるとでも?」


 僕は手を望遠鏡のように丸めると、彼女を覗いた。

「ああ、君に勝つ未来はもう見えている」

「ふふ、言ってくれるわね。これからはライバルということね。それじゃあ、君のことをこう呼ばせてもらうわ。ジョーカー城下?」

 少し恥ずかしい洒落を言っちゃったと、彼女は頬を赤らめながら笑い出した。

「ははは、そのあだ名、まさに僕のためにあるようなものだね。そうと決まれば、善は急げ。走るぞ!」

 二人でカフェに向かって走り出した。


「そういえば、トランプってどういう意味があるか、知ってる?」

「トランプに意味なんてあるの? ……いや、知らないなあ」

よ、君の切り札がどんなものか、楽しみにしているわ」


 パントマイムに興じるピエロの形をした雲が、夕空に楽しげに浮かんでいた。

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