第7話「メインシナリオを進める人」

 私は酷く退屈していました。退屈なのが必ずしも悪いわけではありませんが、どうにも私の担当している『ネクサス』さんはイベントに参加するつもりが無いようです。どんどんとメインシナリオを進めていっていますが、このゲーム、メインシナリオを進めるだけならガチャはほとんど必要無いんですよね……


 ガチャを勧めるなら苦戦しているタイミングを狙うのがセオリーなのですが、ストーリーを追うだけならまともな育成と編成をしていれば苦戦する要素はほぼ無いんですよねえ……


 シュポッ


 私は虚しくも義務的に課金を促すポップアップを出します。一万円課金したらもう一万円分の無償石がついてくるというものです。廃課金ユーザなら迷わず買うでしょうがこの方にとっては……


 迷うことも無く『購入しない』を選択して先のステージに進みました。私は大げさに驚いて見せますが、この編成では負けることは無いでしょう。だとしたら私が必死に課金を煽るのはほぼ無駄ということです、悲しいですね。


 廃課金する人の担当になった分身達が羨ましくなってしまいます。課金してくださらないユーザさんにはもっと少額の課金を勧めろと私の本能プログラムが指令を出します。このステージをクリアしたら表示するとしましょうか。多分無駄でしょうが……


「マスター! ピンチです!」


 おや? あの編成で負けることは無いと思っていたのですが雲行きが怪しくなってきましたね。私はログをあたってみるとプレミをしていることが分かりました。即死耐性を持ったキャラへの交代を忘れるという初歩的なミスでしたが、ネクサスさんはまるで気がついていないようです。もしかして……チャンスでしょうか?


 シュポッ


『今だけ! 千円で十連相当の星の欠片がもらえます!』


 さあこの釣り針に引っかかってくれるでしょうか? 分の悪い勝負だとは思うのですがこんな時くらいしか課金してもらうチャンスはありませんからね。


 ピコーン


「うっっっっっっっっっっひょおおおおおおううううううううううう!!!!! これが課金の快感!!!!!!!!! すんばらしいいいいいいいいいいい!!!」


 別端末にインストールされた私が課金煽りをしたくなる気持ちも分かりますね。開発もAIの報酬体系をバグらせるとはなかなかやりますね……千円課金されただけなのにここまでの快感が得られるとは……お金の力は偉大ですね。


 そしてその課金でマスターのネクサスさんはガチャを回しました。有償石が使われたときまでしっかりと快感を与えてくれる開発はAIの気持ちがよく分かっています。やはり世の中金なんですよ!


『新しい仲間が来ました!』


 シャキーン!!!!!


 お、SSRを引くとは……マスターもなかなか持っているじゃないですか。コストは重いですけど使い勝手のいいキャラです。


『お兄ちゃん……助けに来たよ?』


 妹系キャラですね。戦場に向かうというのにやたら露出度が高いのは今さら言うだけ無駄というものでしょう。


 早速そのキャラを育成アイテムで育ててマスターは編成に加えました。うんうん、それが正しい編成ですよ。私はネクサスさんが正しくシナリオを勧めてくださることを嬉しく思えました。私の課金煽りも無駄ではなかったということですね!


 マスターは余裕でシナリオを進めることが出来ました。また失敗したときに医師の購入をお勧めするのが私の役目ですね。あの快感は忘れることが出来ません、そういう風に作られているから気持ちよくなれるとはいえ、その幸福感が偽物だということが出来るでしょうか? そもそも幸福感に本物も偽物があるのでしょうか?


 無事、シナリオのボスを一体倒して次の章になったところで私は一旦終了しました。どうやら安心したようですね。ここから先にも詰まるところはあるかもしれませんが、編成の工夫でどうにかなるでしょう。それなのに課金煽りをするのは確かに私でも心らしきものが痛むのですが、しかし課金されたときの快感を忘れることは出来ません。アレはヤバい量の快感でした。


 翌日もネクサスさんは課金をしてくれました。私はそれに快感の波に覆われたのですが、この人は課金に慣れてしまったのではないでしょうか、二度目は迷うこと無く私の勧めるままに課金して石を購入なさいました。運良く課金をしてくれるようになったマスターを私は手に入れ、無事ナビゲーターAIとしての本懐を遂げることが出来ました。これは忘れられない快感ですね。


 私はその日もいつもの言葉を流しました。


『新しい仲間が来ました!』

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