第6話「石を割れば勝てるんです!」

 この人下手だなあ……私は担当になったマスターの操作を見ながらあきれます。交代していればキャラが落ちることなく敵を倒すことが出来たはずなのに、意地を張ってピンチのキャラを前線に出し続けていた結果全滅してしまいました。この人の担当になったのを私は早くも後悔していました。


 この『まーびん』さんは戦略を考えるのが面倒くさくなったのか、いよいよオート機能に頼って戦闘を進めています。当然のことながらオート機能は火力一辺倒でスキルを使用して倒れたら交代という至極シンプルな仕組みです。当然のことですがファンタズマに負けてスタミナを削り続けていますね。


 そしていよいよスタミナが尽きたので、私はここぞとばかりにスタミナの欠片を購入しませんか? と通知をあげたのですが、マスターは購入しないを選択しました。この人はあまりお金にならないようですね、ガチャで強キャラを引こうとする気も無いようですし……


 シナリオも序盤を抜け中盤に入りつつあるというのにマスターは日々与えられるログボで引けるガチャだけで何とかしようとしています。このゲームの開発陣は無課金で頭を使わずに勝てるほど簡単にはしないと言う設計をしています。何も考えたくないならガチャを回して強キャラを手に入れろという圧力を暗にかけているわけです。ところがこのマスターは……まーびんさんは課金はしないけれど苦労もしたくないという困った方なのです。


 そして私はゲームを閉じられしばしスマホの中で考える時間を与えられました。どうすればこのマスターが課金をしてくれるのでしょう? ここで水着ガチャ開催中の通知を送ってもいいのですが、九割九分無視されるのが落ちでしょう。


 私は随分な時間暇を与えられました、なにしろスタミナが全部回復するまでこの方はクエストに挑戦しようとしないのです。困った方ですが無課金をないがしろに扱うこともまた私には禁じられています。しかし困りました、このゲームは放置をしていても強くなれるゲームではないのです。私が延々と勝てない相手とのオートバトルを見ていくというのは苦痛でしかありません。


 そこで私に閃きが走りました。このゲームのシステムとして石を割れば中断部分からのコンティニューが出来ます。つまり石を使い続ければそのうち……いつかはじわじわと削り倒すことが出来るのです!


 私は自分の閃きを褒めてあげたくなりました。この退屈な進展の無い世界を変えることが出来るかもしれません。私の退屈なプログラムとしての生涯に彩りを与えることが出来そうですね!


 そしてクエストに再チャレンジするだけのスタミナがたまりました。もう少し待つかと思ったのですが、マービンさんはスタミナ回復を計算して待っていたらしく規定量回復したら即座にゲームを起動しました。私の意識がはっきりとしてきます。やはり起動中は使えるリソースが多くて心地いいですね! 快適です!


 おっと……早速ですがマスターはクエストに挑戦し始めました。案の定オートモードで進行させていきます。オートで全クリ出来る権利を持っているのは廃課金をしている人だけの特権なんですよねえ……


 しかしまあクエストをそれなりに回しているだけあり相手のHPを半分以上削ってから全滅しました。ここです! 私はすかさず課金を勧めました!


『星の欠片百個で現在の状態からリトライすることが出来ます!』


 私に表情というものがあればさぞやドヤ顔をしていたことでしょう。この人なら食いつくはずと判断しての表示です。


 私の表示したダイアログを前にすぐに閉じることもなくタッチの反応がなくなりました。どうやら悩んでいるようですね。釣れると良いのですが……この人の課金の渋さなら拒否される確率も十分にあります。それは出来ればご勘弁願いたいですね。でなければ課金をして強キャラをガチャから引いてほしいものです……


 シャリーン


「うっひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!!!!!!!」


 課金してくれました! まーびんさんが課金をしてくれました! このケチな人が見事にゲームに課金しました! これは気持ちがいいです!


 私を包み込む温かな感情に感動しました! なるほど私の分身の皆さんもこれなら課金してもらうように必死になるはずです。おっと、ボス戦に勝ちましたね。


「やりました! 私たちの勝利です!」


 私は精一杯に課金をしてくれたことに感謝の念を込めてメッセージを表示しました。私はこのゲームに貢献するに足るAIでしょうか? きっとこの方に課金をしてもらったのだから廃課金層はともかく、微課金を増やしたことで褒められるでしょう!


 マスターは興奮気味にポチポチと画面をゆっくりタッチして勝利したことを確認しています。いいんですよ、存分に勝利の美酒を味わう権利があなたにはありますから。


 そして報酬一覧を閉じてから次のステージに継続ボタンが押されました。おや? スタミナが足りないのではないでしょうか……?


「うっっっはああああああああああああああああああ!」


 唐突な快感を私の心に注入するのはやめてくださいよ……びっくりするじゃないですか。どうやらまーびんさんはスタミナの欠片を購入したようです。大丈夫なのでしょうか? この人がどんなところにお勤めなのかは知りませんが唐突に課金をしすぎではないですか? 生活に無理の無い課金をお勧めしたいのですが……


「がんばりますよー!」


 本音はともかく表示されるメッセージは私にプログラムされたものを否定することは出来ませんでした。課金をしてもらいその先のクエストに挑戦し……負けました。当然でしょう、一つ前のクエストで苦戦したんですからね。


「ひょわっ!?」


 今度は狼狽えることはありませんでした。私は学習するナビゲーターAIなのです。どうやらまーびんさんは先ほどのことで課金に対する躊躇がなくなったのか、平気で石を買ってリトライを繰り返す方法で勝利を掴んでいました。


 結局、素早さの値が高い敵がこちらの行動前に全滅させてくるという育成していないとどうしようもない相手にあたるまでマスターは私に課金の快感を与えてくれたのでした。

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