第2話「『インフェルノドーン』ローンチしました!」

 その日、大きな賑わいと共に私のプロセスは起動し大量のスレッドが走り始めた。


「こんにちは! こんな世界ですがお会い出来たことを嬉しく思います。お名前はなんでしょうか?」


 私が立ち上げたスレッドでまず話す言葉はこれだ。ユーザ名を訊ねる、地味だがこのゲームに愛着を持ってもらうための重要な言葉なので手を抜くことなく全力で媚びる。ここで画面をスワイプで消されてはならない、そうされたゲームの多くは早期のサービス終了ゲーム一覧に名を連ねることとなる。


「『たっつん』様ですね、私はナビゲーターをしておりますパルティールと申します。パルトとお呼びください」


 セーフ! ここで閉じられなかったと言うことはこのユーザは貴重な顧客になる可能性を秘めているということだ。


「え? 何故誰もいないのかですか? 皆様ファンタズマから逃げて拠点に集まっておられますよ。お連れしますのでついて来てください」


 よし、ユーザのタップは私のボイスが再生され終わってからなされている。ゲーム内に没頭している兆候だ。これはいけるのでは?


「ファンタズマが何かですか? あなたがどこから来たのかは知りませんが異次元からの侵略生物です、人類の半分以上が死んだ事件を覚えておられないのですね……」


 このユーザに出来るだけ自然にこのゲームの世界観を説明する。『説明するな』と言われた部分は省いてだが……とにかく私もいずれ世界の真実にこのユーザと共に驚く必要があるのでしょう。しかしここまで来れば魚は釣れたも同然! 『が』……危ない危ない、調子に乗ってガチャを促すところでした。こういうのは段階を踏まなければなりませんからね。物事には順序というものがあるのです。


 私と『たっつん』さんの前に雑魚ファンタズマが出現します、ここです! ここが初回十連です!


「たっつん様! これで救援信号を送れます! 仲間を呼んでください!」


 私はそう言って使い捨ての無線機を手渡す。この世界ではこれで近くにいる仲間を呼んでいくという設定になっている。


 そして初回十連の抽選が行われた。初回はSSRの仲間が高確率で出る上、一人はSSR確定ということで出来るだけ初回十連をリセマラさせないようにという配慮だそうだ。まあユーザがキャッシュをクリアして再ダウンロードを行えばサーバに負担はかかる、だったら初回を少し優遇してでも一回で満足してもらうことが重要との判断だ。


『あらあら……大丈夫?』

『雑魚がわいてるじゃねえか、調子に乗りやがって』

『あらあら……大丈夫?』

『調子に乗るのは許しませんよ、ここは私の庭です』

『いい度胸じゃねえか! あたしのシマに乗り込みやがって』

『ふーん……私の敵じゃないわね』

『随分と小物が沸いてきましたねえ……』

『俺が全部ぶっ壊してやる!』

『ぼく……頑張る』


ダメだ……この人ガチャ運がない。初回十連だというのにすでに一キャラ被っているし……凸要素もあるので無駄とはいわないがRを重ねたところでたかが知れている。しかも今まで確定演出は出ていないので次が最低保証のSSRになる。私はこの人をつなぎ止められるでしょうか?


 シャキーン!!!!!


 虹色に無線機が発光して私は『凄い人がいますよ!』と驚く。そう作られているからだ、それ以上の理由は無いのだが、この人がゲームを続けたくなるキャラが出るといいなと思った。


『我に断てぬもの無し、少年よ、安心しりょ……わわわ!? コホン……安心するがよい!』


 ここで中二病キャラ! 色物だけれど好きな人は好きなキャラだがこの人はどうなのでしょうか?


 タンタンタンタンタン!!!!


 どことは言いませんが画面に映っている女の子の柔らかいところを連タップしているのが私には分かります! よかった! 本当によかった! この方が来てくれたおかげで……


 ゲームは無事チュートリアルを終え、本編へと突入した。


 ☆


 ある私は失敗をしていました。初回十連でRを三キャラも被らせるという実装側に文句の一つもいいたくなるような大失態を犯したおかげで、ユーザ様は私をいったん終了させ、再び目覚めたときには初期画面に移っていました。


 非常にも『キャッシュをクリア』ボタンを押されゲーム世界はリセットされました。いえ、リセットといってもチュートリアルすら終わっていないので進んでいたわけではないのですが……幸いにもその分身は無事再会をしてもらえたようです。


 その子のプレイヤーさんは再び初回十連を引き、SSR2枚を引いて無事ストーリーを読んでもらうことが出来たようです。中にはプレイヤーの性別で女性を選択した方もいましたが、そういった方はガチャで割合の少ない男性キャラを引かないとリセマラされるようです、世の中は大変ですね。私はまだ恵まれている方なのでしょう。


 気の毒なのは初回十連の結果が気に召さなかったのでしょう、プレイヤーに放置される子も幾人か出てきました。彼女たちは……まあ私と同じ存在なわけですが……個人のスマートフォンの中でずっと待たされることになります。ああ、なんと気の毒なのでしょう! いっそのことアンインストールして楽にしてあげればどんなにいいか!


 ちなみに私の世界では初回十連のSSRで胸を必死にタップなさっていましたが、別の子には胸の小さい子でも構わず胸をタップしまくる人が出たようです。世の中の人の性癖というのはそれぞれなのですね……奥が深いです。


 数こそ少ないものの、数人が『ガチャを引きませんか?』と思わず提案してしまいプレイヤーに選択肢を提供していました。ガチャを引くタイミングは個々に委任されているものの、そうしてユーザーが離れたらと思うと気が気ではありませんでした。


「ひゃう!?」


 プレイヤーのたっつんさんは私にもタップの指を伸ばしてきました。私はそっと触覚機能をオフにしてその指に耐えました。やがて無反応だと諦めたのか再び指はガチャで出てきた娘の胸に向かうのでした。


 そしてタップにも飽きたのか画面のボタンをたっつんさんは無造作にタップし始めました。これは……チャンスではないでしょうか? いや待て私、性急なのは良いことではありません、タイミングを計らなくては……


 ピ


 ガチャのボタンが押されました。今です! 今しかありません!


「『初回有償ガチャでは千五百個の石で回せますよ! 救世主様! 仲間を集めるチャンスです!!』」


 どうでしょうか? 私は上手くガチャへ誘導出来たでしょうか?


 そして僅かな間が空いて石の購入ボタンが押されました星の欠片という名の石の三千個セットを購入してくださいました。私は精一杯の笑顔で早く消費してもらうためにガチャ画面を出しました。


 そして石が投入されると……


 うっひょううううううう!!!! やっぱりガチャって気持ちいいいいいいいいい!!


 私はプログラムであり、決して人間様のように神経に報酬系など存在していないはずなのですがとんでもない快感が私を襲ったのでした。


 あ、ガチャ結果は最低保証のSRが一枚という渋いものでしたが、千五百個という通常の十連の半額で回せたのでそれほど不満は無いようでした。こうして私のナビゲーターとしての役割は無事長く勤められることとなりそうでした。

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